『フェイク・マッスル』日野瑛太郎［著］（講談社）

　七〇周年を迎えたミステリー新人賞の老舗、江戸川乱歩賞の今年の受賞作は二作。まずは「選考委員大絶賛」の日野瑛太郎『フェイク・マッスル』の方から刊行となったが、こちらは男性アイドルのドーピング疑惑を追った、血腥い殺人とは無縁のサスペンスミステリーだ。 　老舗出版社が発行する『週刊鶏鳴』は潜入取材で売るライバル誌に倣って潜入取材物を企画、たった三ヶ月のトレーニングで飛躍的な肉体改造に成功して見事、ボディビルのコンテストに入賞した人気男性アイドル大峰颯太に目をつける。大峰の早すぎる肉体改造にはSNS上でもドーピング疑惑が指摘されていたが、大峰は六本木に自らがプロデュースしたジムを開く。そこに潜入させる記者に編集長が選んだのは、文芸編集者を志しながら『週刊鶏鳴』に配属されていた新人の松村健太郎。 　トレーニング自体ド素人の松村は入会早々へまを仕出かすが、それが縁で世話好きなベテラン会員馬場の手ほどきを受けることに。二ヶ月後には大峰のパーソナルトレーニングを受けるまでにこぎつけるが、彼との面談ではドーピングに関する証言は引き出せない。松村は上司と相談し、大峰の尿を検査するべく何とか入手しようとするのだが……。 　かくして新人記者・松村の悪戦苦闘は続くが、中盤からは大峰の恋人と思しき女性の視点もまざってきて物語は深みを増していく。大峰のドーピング疑惑はなかなか白黒がつかないが、その膠着状態が松村のウェイトトレーニングにも反映され、ある重さで止まることしばし。だがその打開策と並行して、ドーピング疑惑の謎がダイナミックに解きほぐされていく後半のくだりは著者のストーリーテラーたる証だろう。 　本書は松村の成長物語としても、ユーモアミステリーとしても楽しめよう。過去三度の最終候補を経て、四度目にして受賞したというだけのことはある真の実力派作品だ。 [レビュアー]香山二三郎（コラムニスト） かやま・ふみろう 協力:新潮社　新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社