「ケア」のドラマとして『虎に翼』を観る。吉田恵里香さん×小川公代さん特別対談
なぜ恋愛でなくバディなのか
小川:私は『虎に翼』をバディ物だと思っていて、同じように見ている人は多いかなと。 吉田:組み合わせはいっぱい作っていますね。 小川:たとえば、寅子とよねはいがみ合うバディです。 吉田:お互いに好きなんだけど、通ってきた道が違いすぎるんですね。 小川:よねは一度「許さない」と言ってしまった手前、寅子が歩み寄ってきても、にこにこして迎えられず仏頂面をするしかないということなんでしょうか。 吉田:寅子からすると、よねに「許したよ」と言ってほしいのですが、自分も穂高に対してしていないことだから、できないこともわかっている。よねも結局、ツンとしている自分に何度も来てくれる人が好きなんです。無自覚の試し行動と言いますか。 小川:自分を見捨てていく人たちを大勢見て来たよねは、寅子だけは自分を見捨てないでいてくれたという思いがあるんじゃないでしょうか。 吉田:心を開いてくれていると思っていたのに、寅子が妊娠して、自分に何も言わずに弁護士の道を諦めてしまったことが、よねにはすごくショックだったんです。 小川:わかってあげてほしいですけどね。私はどうしても寅子に肩入れしてしまいます。 吉田:寅子派はめずらしいから新鮮です(笑)。寅子には「なりたい理想像」と「よねの前で見せたい自分の姿」があるから、よねに話せなかったんですね。 小川:同じ方向を向いている人でさえ、こんなに感じ方が違ってきてしまう。みんな多様だということをリマインドされる瞬間でした。 吉田:若い時は自分のビジョンや理想像にとらわれがちなので、そこはきちんと描かないといけないと思いました。 小川:だからこそ何年も経ってから、原爆裁判に二人が判事と弁護士という立場で関わることになり、廊下ですれ違って言葉を交わす場面にはぐっときました。これぞバディのショットだと思いました。そういうところの書き方が見事ですよね。 『あぶない刑事』とか『スラムダンク』とか、エンターテインメントには数々の名バディがいますが、なぜ恋愛関係ではなくてバディなのか、という問いかけは、最近改めて重要になってきている気がします。吉田さんが脚本を書かれて、向田邦子賞を受賞されたドラマ『恋せぬふたり』もバディものですね。咲子と羽は恋愛関係ではないけれど、共同生活することで、お互いの相談に乗ったりして寂しくなくて、良い関係をつくっていきます。昔から私たちには、恋愛から始まった共同生活こそ本物という刷り込みがあるので、新しい作品だと感じました。 吉田:結婚することで税金などの面で得がある世の中ではありますが、恋愛から始まるものをみんな無敵だと思い込み過ぎではないでしょうか。孤独や寂しさへの恐怖感も、恋愛や結婚をする理由の一つかなと思っています。だから、恋愛ではない形の選択肢が一つ増えたらいいなと思って書きました。 小川:『虎に翼』で最もラディカルに感じたのは、寅子と佐田優三の友情結婚です。『恋せぬふたり』に通じますよね。私のためにあなたがいて、あなたのために私がいるというケアの相互依存です。私はこの数年間、ケアの倫理について書いてきたので、二人の関係に共感しましたし、私自身が家父長制を内面化していた30年前に優三さんのような人を知りたかったです。 吉田:結果的には二人の間に愛情が生まれるのですが、「ずっと支えてくれた。これが愛だったのね」という始まり方で結婚させたくなかった。優三は彼女のことが大好きで、確実に幸せをもらえるとわかっていたと思います。恋心を隠した彼のエゴやズルさも描いたつもりですが、仲野太賀さんのお芝居が素晴らしいので完璧な人に見えますよね(笑)。 小川:なるほど。この人が好きだから、この人のためになることを一生懸命頑張れるスキルって、恋愛とか友情を超えたもののような気がします。 吉田:優三は寅子の話を聞いて、彼女が笑ったり怒ったりするのを見るのが楽しい。でもそれは寅子にとってもハッピーなことなんですね。恋愛物語はどうしても、惚れさせたほうが勝ち、みたいになってしまいますが、それは搾取されたくない、ケアしたくないという気持ちから来ているのではないかと思います。 小川:大学の同級生の花岡悟と寅子の恋愛模様も、皆さん関心を持って見ていたと思います。花岡は寅子にプロポーズせず九州へ行ってしまいましたが、そこには彼なりの愛情があったと思います。彼は家父長的な家庭で育てられ、その価値観を内面化していた。 吉田:自分をケアして支えてくれる奥さんが欲しかったんでしょうね。花岡も寅子に思いを伝えるか迷ったと思います。もし伝えていたら、寅子が彼についていくかいかないかを決められたわけです。でも、花岡は言わなかった。傷つきたくなくて、対話を生まない選択肢を選んだんですね。