17歳で“中卒”に→28歳で結婚破談→34歳でアメリカ超名門大に合格…「私って何者にもなれなかったんだな」という後悔から始まった女性の逆転人生
ファミレスやカフェでバイトする日々
ーーその後はどうされたのでしょうか。 ひとみ ファミレスやカフェでバイトしたり、高級ホテルで派遣スタッフをしたりする数年間でした。両親は当時、本当に心配していたと思います。「どうなっちゃうんだろうこの子」と思っていたでしょうし、姉がすごい優秀なぶん、私は逆方向に向かっていっちゃったので。とにかく心配をかけましたね。 ーーアルバイトをされていたわけですが、一方で美容専門学校にも通われていた。 ひとみ 高級ホテルの派遣で結婚式の現場にいたときに、花嫁さんのヘアメイクの様子を見て「手に職をつけよう」と一念発起し、美容専門学校に進みました。その後、美容師免許を取得しました。私自身、「さすがに高校中退のままだとこの後の人生もダメなんだろうな」とモヤモヤを抱えていたので、専門学校への進学を選択したという感じです。
夜の11時まで残業したエステサロン時代
ーーその後は美容院に就職されたのですか? ひとみ そうではなく、エステサロンの正社員になって受付の仕事をしていました。美容院への就職を考えるなかで、技術よりもお客様におもてなしをしたいという風に考えが変わったんです。ただ、就職したエステサロンは一日中立ちっぱなしで、売り上げのノルマも厳しく、ストレスで蕁麻疹が止まらなくなってしまって……。夜の11時まで残業していることもよくありました。そうした過酷な環境だったので、エステサロンも結局辞めてしまいました。 ーーエステサロンから海外大学を目指すまで、どんな経緯があったのでしょうか。 ひとみ 海外大学を目指すまでは、ずっと派遣会社を通じて契約社員として企業受付をしていました。美容師免許も取ったけど、美容師にもならなかった。高校もやめてしまった。それで当時は、「私って何者にもなれなかったんだな」といううつろな気持ちが自分の中にすごくありました。目標もなかったですし、ただ消費するだけ。すごい人生が空っぽな感じで、この人生を変えてくれる何かをすごく求めていました。 28歳のときにたまたまお付き合いしていた方と結婚の話が出て、「これで私は幸せになれる」というふうに、勘違いしてしまったんですね。自分の心の穴を、高価な結婚指輪や、相手方の職業といったステータスで埋めようとしていました。ですが、結婚のお話は破談になってしまって。相手の方はほんとうに素敵な方でしたが、「人に頼って生きたい」という未熟さが私の中にあったんだと思います。 「私の人生どこで間違えたんだろう」姉は旧帝大、自分は17歳で“中卒”に…どん底に落ちた女性(34)がアメリカの超名門大受験を決めた「壮絶なきっかけ」とは へ続く
「文春オンライン」編集部
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