何歳まで働きますか?定年制を考える◆高齢化進む日本、廃止事例も #令和に働く
◇定年廃止、「働くモチベーション」を重視
まだ少数派とはいえ、日本でもベテラン技術者のノウハウ伝承を期待する製造業や、人手不足の運輸業、「ジョブ型」で専門性の高いコンサルティング業などで定年廃止に乗り出す企業が出てきた。介護の現場も慢性的な人手不足が指摘されている業界の一つ。定年制を廃止した特別養護老人ホームなどを運営する社会福祉法人「合掌苑」(東京都町田市)を取材した。 もともと従業員の年齢が高く、合掌苑でも人手不足が課題だった。「貴重な人材であり、働き続けたいと思っている従業員が年齢を理由に辞めるのは惜しい」と森一成理事長は語る。17年4月に廃止に踏み切り、今は全従業員489人のうち65歳以上が25%を占め、ヘルパーやケアマネジャーとして現場を支えている。 同法人では以前から導入していた時給制が定年廃止の後押しになったほか、より柔軟な勤務形態も取り入れた。65歳以上は正社員から嘱託職員になるものの、働くモチベーションなどを重視し60歳時点の時給を69歳まで維持。長時間働けなくなることも想定し、65歳以上の職員は年齢に応じて定められた「週4日24時間以上」といった条件を満たせば、都合に合わせて1日にどのくらい働くか決めることができる。余力がある人は勤務を増やし、正社員と同じように働くことも可能だ。森理事長は「短時間でも働ける時間をつなぎ合わせれば介護現場も回る。労働時間を短くし時間単価を上げることで、70歳でも月10万円を稼げる職場を目指している」と話す。 若手不足は深刻な問題だが、人生経験が豊富な高齢職員は、利用者とコミュニケーションを取りやすいという利点もあるそうだ。勤続20年目の境和文さん(69)は、老人ホームでクラブ活動のリーダーとして週5日勤務し、健康体操やビンゴ大会を企画している。「にぎやかな場をつくって利用者に喜んでもらえるのがやりがい。働くことは自分への刺激にもなるので、できる限り続けていきたい」と笑った。 ◇定年制はどうなる? 高齢化の先頭を走る日本で、定年制の未来はどうなっていくのか。雇用システムに詳しい慶大大学院の鶴光太郎教授は、日本で定年制が定着した背景として、年齢や勤続年数に応じて賃金が上がる「年功賃金」と「終身雇用」を挙げる。「中高年以上でも賃金が上がり続ける賃金体系では、一定の年齢で解雇できる仕組みが企業にとって必要だった。こうした仕組みは、労働者にとっても『定年までは解雇されない』メリットがあった」と話し、今後も定年によって新陳代謝を促す企業は残ると分析する。 企業の約7割が「継続雇用制度」を導入し、希望者は定年後も同じ企業で働けるものの、定年後は収入が減少し、やりがい低下につながるという課題もある。鶴教授によると、これまで正社員は多くの場合、職種や勤務地を定めない「無限定社員」として新卒一括採用され、将来的なスキルアップへの期待や、組織への定着率を上げる目的で、本来の生産性を上回る賃金が支払われてきた。 定年を迎えればその雇用形態は終了し、業務や勤務地が限定されたいわば「ジョブ型」の働き方に移行することになる。生産性を上回って支払われていた賃金と比較すれば3~4割の減収となるケースも多い。「定年でいきなり無限定社員からジョブ型に切り替わると、落差が大きい。企業はシニア雇用が増えることを見据え、もっと早い段階からこれまで培った経験を生かした専門性の高い働き方ができるような人事システムに切り替えていくことが必要」と指摘する。 鶴教授は、30~40代のキャリアの中盤で総合的な仕事を担い幹部を目指す「無限定正社員」と、経理や営業といった専門性やスキルを高める「ジョブ型正社員」とで進む道を選べるようにする手法を提案する。「働く個人も、自分が何を専門とし、市場価値はどれくらいかを意識することが大事。そうすれば定年を機に再雇用で同じ企業に残るべきか、転職するか、それともフリーランスとして働くかといった次のキャリアへの接続がスムーズにできるのではないか」と語った。 ◇取材を終えて 「以前から興味のあった仕事に挑戦したい」「自分のペースで働きたい」。取材で出会った60代の人々の言葉が印象に残っている。昔と違い、定年は仕事人生の終着点ではなくあくまで中間地点にすぎず、自分らしいキャリアの方向性を模索する姿が垣間見えた。体力面から若い頃と同じ働き方は難しくても、現在は短時間勤務やフリーランスなど選択肢が多様化しており、変化を恐れなければやりがいと収入を両立する道もある。会社での仕事を通して自分のスキルや得意分野を増やし、関心のあることにアンテナを張り続けることで、次のキャリアの道筋が見えてくるのかもしれない。 この記事は、時事通信社とYahoo!ニュースの共同連携企画です。