池田勇人を総理にした甲州財閥、総会屋から怒号を浴びミカンを投げられても屈しなかったINAX元社長・会長……「名家」に生きた人々の「深い話」
会社は社会のためにある
瀬戸焼や常滑焼に代表されるように、愛知は古くから窯業が盛んだ。 1744年に生まれた初代・長三郎以来、伊奈家は家業の陶業を営み続け、1916年には建築家のフランク・ロイド・ライトから旧帝国ホテル本館の煉瓦づくりの設計も依頼された名家である。 父が設立した伊奈製陶を受け継ぎ、INAX社長に就いて経営を多角化させたのが伊奈輝三氏(87歳)だ。 「伊奈家は200年以上、常滑の地で育ててもらっており、INAXと伊奈家にとって常滑は大切な地です。本社を都会に移転しなかったのもそれが理由。地元の有形無形の支援があったから続けてこられたんです」 父・長三郎は名古屋に証券取引所ができてすぐに株式を上場した。 「会社は伊奈家のものではなく、社会のためにある」―伊奈製陶を個人の企業として牛耳るつもりはなかったという。
「10cmで収めてやるよ」
それゆえにこんな事件も起きた。 「私が社長に就いた翌'81年の株主総会では、広島の総会屋グループに目を付けられ、『10cmで平穏に収めてやるよ』と脅されました。10cmとは札束の厚さで1000万円のこと。 丁重にお断りしたところ、総会では怒号が飛び交い、椅子を振り上げられ、株主のために用意したミカンが壇上に飛んできました。 人生にトラブルはつきものです。彼らに金品を渡して黙らせたほうが負担は少なかったでしょう。しかし私は、『正しい道を行く』と決めて生きてきました。それが中長期的には必ず会社の発展につながるという確信をもっていたからです」
「ボランティアをさせてくれ!」
そんな輝三氏は社長職を退いたのち、空港ボランティアを務めている。 「42歳で就任してから16年間、社長を続けましたが、ひとつの仕事を長く続けていてはダメになるというのが持論です。70歳からすべての肩書を捨てて、'05年から中部国際空港で案内ボランティアをしています。 コロナ禍で中止になってから4年8ヵ月、ボランティアをやりたくてうずうずして、『ボランティアをさせてくれ!』と空港側にプレッシャーを掛けたくらいです(笑)。とうとう募集が再開されたので、この10月からまた始めました。 途中休憩を挟みながら3時間案内するのですが、この歳だとやっぱり疲れる。でもそれでやめるのも悔しいので、週1日ペースでやっています。ボランティアを始めて来年2月でちょうど20年。死ぬまで世の中との接点を持ち続けたいですね」 名家を継ぐ人々の生活も様々。続いて西日本の人々の今を考えよう。 「週刊現代」2024年12月21日号より ……・・ 【もっと読む】広島、熊本、富山、岡山、松山……20年後も人口が減りにくい街に共通して残っている「インフラ」とは?
週刊現代(講談社・月曜・金曜発売)