イラストレーター「わたせせいぞう」が描いてきた昭和~令和という時代、対象はクルマから鉄道へ その魅力とは
JR東日本とわたせせいぞう
筆者(増淵敏之、文化地理学者)は先日、上野駅で「大人の休日倶楽部」のポスターを見かけた。「大人の休日倶楽部」とは、50歳からの旅と暮らしをサポートするJR東日本の旅行会員組織(有料)である。 【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計15枚) ポスターはイラストレーター・わたせせいぞうの作品だ。ポスターのサブタイトルは 「50歳から旅するシーズン」 で、ホームに立つふたりの女性を、北陸新幹線と東北新幹線の車両が挟んでいる。車体はわたせの得意とするグラデーションで描かれている。早速ウェブサイトを見ると、わたせが日本各地の観光地を描いた漫画やイラストが満載だ。筆者は懐かしさから、 ・『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル スプリングストリーズ』 ・『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル ウインターストリーズ』 ・『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル オータムストリーズ』 ・『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル サマーストリーズ』 の4冊を思わず購入した。 『ハートカクテル』はバブル期に一世を風靡(ふうび)した作品である。当時若かった人にはよく記憶に残っているのではないだろうか。
80年代の純愛物語
わたせは1983(昭和58)年に「モーニング」(講談社)に連載された『ハートカクテル』で一躍有名になった。都会の男女のおしゃれな恋愛を描いた短編集で、1986年にアニメ化もされた。彼の作品の特徴は、グラフィックデザイン風のレイアウトと、色彩も鮮やかなカラーバリエーションで、陰影とグラデーションが見事に表現されていた。 そのほとんどの作品は1話4ページで構成されていた。物語のテーマは「純愛」で、小説家アーウィン・ショーら『ニューヨーカー』誌の作家のテイストに近かった。一方、どちらかといえば西海岸のように見えた。なお、登場人物は日本名である。 村上春樹の『風の歌を聴け』に出てくるジェイズ・バーをほうふつとさせる「ジェシーズ・バー」が、物語のなかに頻繁に登場した。登場人物は当時流行していたトラッドファッションに身を包んでいることが多く、バブル期がよみがえる。 作中には青い海、青い空、白い雲がふんだんに出てくるが、具体的な明確な場所は描かれておらず、架空の場所が舞台となっている。イラストレーターの永井博と鈴木英人は、湘南を直接描くことなく、湘南を想起させる作品を数多く生み出した。『ハートカクテル』における米国と似ている。 連載は1989(平成元)年に終了、バブルに至る過程とともにある作品だった。