会社に壊されない生き方(6) ── 普通の自分が「切り開いていく実感」
THE PAGE
「お金だけが目的の会社でなく、社会課題の解決に役立つビジネスをしたい。だが、経営者の経験はなく、特別優秀でもない自分にできるのか」 ── そう思った経験がある人は、市民団体「ナマケモノ倶楽部」の共同代表で、コーヒーの焙煎・卸売業などを営む有限会社スローの小澤陽祐社長(40)の話がヒントになるかもしれない。小澤社長は16年前、会社員経験ゼロ、コーヒー豆の専門知識ゼロながらスロー社を設立。当初は赤字続きだったが、今では経営を軌道に乗せている。その小澤社長は、自らを特別の才能を持たない「普通の人」と評する。
オフィスのガラス扉を横に開けると、コーヒーの香ばしい香りがほのかに漂ってきた。車のガレージを少し大きくしたようなフロアの右側には機械が2台。奥にあるのは、コーヒー豆を挽くための大きなミルだとわかったが、手前の機械の名前がわからない。 「それは、コーヒー豆を煎るための焙煎機です」と小澤社長が教えてくれた。 スロー社は、JR常磐線松戸駅からバスで十数分、団地と住宅が立ち並ぶ街の中にある。スタッフは小澤社長を含めて13名。有機栽培のコーヒー豆を扱う「オーガニック」、海外産地と公平な取り引きで仕入れる「フェアトレード」、社内で焙煎する「自社焙煎」の3つが特徴で、飲食店や小売店にコーヒー豆を卸す他、コーヒーショップも有する。 大学生の時、小澤社長は「良い会社に入って車や家を持つ、という未来が楽しそうに思えなかった」などの理由から、ほとんど就活をせずに卒業。約2年のフリーター生活を経た1999年のある日、知人に誘われてナマケモノ倶楽部の発足ミーティングへ参加した。 ナマケモノ倶楽部は、森林保全や多様性を保つ「環境運動」、低エネルギーなライフスタイルを提案・実践する「文化運動」、フェアトレードや社会的起業を応援する「スロービジネス」を活動の3本柱に掲げる市民団体。エネルギーを極力使わず、仲間同士で共生するナマケモノの生き方を見習う、という趣旨からこの名がついた。略称は「ナマクラ」。 ナマケモノを見習うというコンセプトが気に入り、その後も関わり続けた小澤社長は、やがてスロービジネスの実例として起業してみてはどうか、とナマクラから勧められる。フリーター生活に限界を感じていた小澤社長はこの話に乗り、2000年に他の20代の仲間2人とともにスロー社を設立した。 会社の事業内容がオーガニックのコーヒー豆の卸売業に決まったのは、ナマクラの他のメンバーがすでに同事業に取り組んでおり、小澤社長らが困った時にも相談できるだろう、というナマクラ側の考えが背景にあった。小澤社長自体、別にコーヒー通だったわけではなく、それまで飲むとすれば缶コーヒーが主だったという。 有限会社の出資金として必要な300万円のうち、2/3に当たる210万円をナマクラの複数メンバーが出資。この他、ナマクラでは会員向けにコーヒー豆を販売してくれたが、主だった支援はここまで。あとは、3人の経営にゆだねられたが、メンバーのビジネス経験は乏しく、ほぼゼロからの出発だった。「当初は営業のやり方もわかりませんでしたし、暇な時はキャッチボールをしていました。本当にだらしなかったです」と笑う小澤社長。 営業先では、「オーガニックコーヒーは高くておいしくないんだよね」などと酷評される場合も多々あり、販売は低調だった。