会社に壊されない生き方(6) ── 普通の自分が「切り開いていく実感」
なぜオーガニックコーヒーが売れないのか。3人が改めてリサーチすると、当時オーガニックコーヒーを販売する他の会社では理念が先行し、コーヒーの味に大きな影響を与える焙煎を外部の業者に任せるケースが大半を占めていた。スロー社では、味に責任を持とうと考え、焙煎技術を追求し始めた。 「困ったのは、焙煎機でコーヒーを煎るのは難しく、奥が深いということでした」。小澤社長によると、コーヒー豆の煎り具合は、浅煎りから深煎りまで8段階あり、豆の種類によっておいしさを引き出せる煎り具合は異なる。おいしく豆を焙煎するためには、それらを把握し、かつ何度焙煎しても再現する必要があった。焙煎の際は、火加減を目で確認し、煎り時間を計りつつ、匂いや見た目で煎り具合を判断しなければならない。焙煎職人としての技が求められた。 初年度から3年目までは赤字続き。売り上げは徐々に伸びていったが、収入の低さなどを理由に、6年目までに3人の創業メンバーのうち2人が辞めていった。2人目が辞めた6年目の段階で、小澤社長自身も副業をこなさざるをえない状況だった。 どうにか生計が立てられる程度に給与が出るようになったのは、結婚した翌年の2008年ごろ。その前後から、世の中でオーガニックが付加価値として認められるようになり、次第に「オーガニックコーヒーを仕入れたい」という引き合いも増えていったという。現在、小澤社長は家を建てている最中。ローンの審査が通る程度の収入は稼げるまでになった。 経営を軌道に乗せられた要因について、小澤社長は「あきらめなかったことと、周囲の皆さんが応援してくれたこと」と語る。厳しい状況が続いた創業期も、「辛くなかったかといえばうそになりますが、楽しさもまたずっとありました。自分で切り開いていく実感があり、良いことも悪いことも自分に跳ね返ってきました」と振り返る。 「今、ソーシャルビジネスをはじめる若者の方が自分たちより頭が良く、やるべきことをわかっている」と小澤社長は苦笑するが、「秀でた才のない普通の人間でもやればできる、自分にもできるんじゃないか、と思ってほしい。その方が世の中が良い方向に行くんのではないでしょうか。経済規模が大きくなればなるほど良いとされてきましたが、その結果生まれたのが過重労働であり、年間約3万人の自殺者だと考えます。そういう輪から抜ける人が増えれば良いと思うのです」と力説する。 スロー社が目指すのは、規模の拡大ではなく、『各社員が幸せを追求できる会社』。昨年、営業担当スタッフが岡山に転居を申し出た際、スロー社ではそのスタッフに転居先での関西地方の新規開拓を任せた結果、取引先が増えはじめたという。「今のところ、良いストーリーで進んでいます」と小澤社長は微笑んだ。 (取材・文:具志堅浩二)