【書評】今年の本屋大賞受賞作の続編も大ヒット中!:宮島未奈著『成瀬は信じた道をいく』
江州音頭がメインイベントの「ときめき夏祭り」
『成瀬は天下を取りに行く』はデビュー作にしていきなりの本屋大賞の受賞である。1983年生まれの著者は、京都大学文学部卒で現在は大津市在住。本作がベストセラーになった理由は何だろう。 主人公の強烈な魅力あふれる人物造形もさることながら、舞台がローカル色豊かな物語であることも読者の共感を呼んだのではないか。閉店される西武大津店、琵琶湖の観光船「ミシガン」、地元資本のスーパー「平和堂」、江州音頭がメインイベントの「ときめき夏祭り」などなど、これらは実在するが、地方ならではの温もりにあふれている。 成瀬の周りには、両親や友人、隣人、子供たちまで善意と人情味のある人々が取り巻いており、過疎の問題はあっても地元住民の生活は生き生きとしているのである。 受賞作の最後の挿話では、親友の島崎は父親の転勤で東京へ行くことになり、成瀬は実家から通える京都大学を目指すところで終わる。というわけで、成瀬のその後が気になるところ。迷コンビだった島崎との友情は途切れてしまうのか?そんな読者の期待に応えて編み出されたのが続編の『成瀬は信じた道をいく』なのだ。そのユーモアのテイストは、見事に引き継がれている。
「びわ湖大津観光大使」に選ばれて
続編では、成瀬は受験勉強のかたわら地元スーパーでレジ打ちのアルバイトをするのだが、クレーマーの主婦を味方につけて万引犯を摘発したりする。そうかと思えば今度は「びわ湖大津観光大使」に難なく選ばれ、就任式で応募の動機を尋ねる記者に破天荒な答えを返す。 中学生の頃から幼なじみとゼゼカラというコンビを組んでときめき地区の発展に努めてきた。その活動範囲を大津市全域に広げるのが一年間の目標だ。 ここではもうひとりの観光大使に選ばれた、お嬢様育ちの「篠原かれん」という成瀬とは対極にある個性の相方を得て、観光大使の日本1を決めるグランプリの近畿ブロック予選に出場して地元愛をいかんなくアピールする。 そんな成瀬が、暮れも押し詰まって、実家に「探さないでください」という書置きをして家出してしまう。それはどうしてなのか。島崎をはじめ、ここまでの登場人物総動員で成瀬の捜索が始まるのだが、その結末は、鮮やかでほっこりとした温かい余韻を残す。 誰しも思い起こせば、クラスに1人は成瀬のような同級生がいたことだろう。正編、続編とも今の学校生活に閉塞感のある子供たちには、ホッと息抜きできる楽しい小説であり、大人にとってもどこか懐かしさを感じる物語なのである。そして今度は、成瀬の京都大学編が始まることになる──。
【Profile】
滝野 雄作 書評家。大阪府出身。慶應義塾大学法学部卒業後、大手出版社に籍を置き、雑誌編集に30年携わる。雑誌連載小説で、松本清張、渡辺淳一、伊集院静、藤田宜永、佐々木譲、楡周平、林真理子などを担当。編集記事で、主に政治外交事件関連の特集記事を長く執筆していた。取材活動を通じて各方面に人脈があり、情報収集のよりよい方策を模索するうち、情報スパイ小説、ノンフィクションに関心が深くなった。