逗子に移住の元フジ・石本沙織アナ 学童やシッターなしの子育てはご近所に助けられ「ピンポンなしで大丈夫な関係」
フジテレビを去年退職した石本沙織アナ。コロナ禍の直前に逗子に移住し「まるで昭和」と話す現在の生活と「白い粉に驚いた」という海の街ならではのトラブルもあるそうです。 【画像】「振袖姿がかわいい!」フジテレビ入社当時から、逗子で子育てに励む現在の石本沙織さんまで(全14枚)
■海や自然に囲まれる生活への憧れは20代後半から ── 移住について考え始めたのはいつ頃からでしたか。 石本さん:先輩の大橋マキさんが葉山に住んでいて、本なども書かれていますが、海や自然に囲まれる生活にはずっと昔から興味も憧れもありました。番組で担当させてもらったコーナーで、アーティストのキマグレンが当時、逗子海岸で海の家ライブハウスを運営されていたのを取材する機会がありました。
都内から1時間かからずに行けて、海が近いとても静かな場所でした。江ノ島あたりは行ったことはあったのですが、逗子を訪れたのはそのときが初めてで。「いつかここに住めたらいいな」と思いました。20代後半のときでした。 ── コロナ禍で移住する方が増えましたが、だいぶ前から思っていたんですね。 石本さん:そうですね。でも、具体的にではなく漠然とです。その後は、仕事で多忙な日々を送りながら結婚して、2人の子どもを出産して。マンションに家族4人で住んでいたのですが、子どももだんだん大きくなって手狭になってきました。次はどこに引っ越そうかと思ったときに、このまま都心のマンションで子育てをし続けるイメージがあまり湧いてきませんでした。
夫婦ふたりのときはマンション生活も心地よかったのですが、娘をベビーカーに乗せて家の近くの狭い歩道を歩きながら、ふと「これでいいのかな」と思ったんです。ビルに挟まれているので、上を見上げても空が狭い。私は富山出身なのですが、自分が生まれ育ったような環境で子どもを育てたいと思いました。 先に逗子に移住した友人が2人いたので、家に遊びに行って、一緒にバーベキューなどをしていました。「都内に仕事に行くにも、逗子は始発だから電車も座れるよ。京急とJRの2路線あるから、どちらかが止まっても大丈夫!」という話を聞いて、なるほど!と。子どもが小学校に上がる前のタイミングで、思いきってあのとき思い描いていたことを実現させようと思いました。今から2019年の12月、長女が年中のときに逗子に引っ越しました。