拳四朗が笑顔のTKO防衛も実は肋骨怪我と発熱を乗り越えていたという裏話
試合のオファーを中継局のフジテレビからもらったのは11月上旬だった。 10月22日にペドロ・ゲバラ(メキシコ)との初防衛戦をクリアした約2週間後だ。当初、井上尚弥と、松本亮(大橋)が、WBA世界スーパーバンタム級王者のダニエル・ローマン(米国)に挑むダブル世界戦が予定されていたが、松本の練習中の怪我で世界戦は2月28日に延期になった。 “年末視聴率戦争”のため慌てた局サイドは、最初、WBC世界フライ級王者の比嘉大吾(白井・具志堅)にオファーをかけた。だが、減量が間に合わないと断られ、ここまで地上波生中継に映らなかった男に声ががかった。試合まで2か月を切っていた。 寺地会長は受ける気でいたが、当初、拳四朗は嫌がったという。 予定されていたいくつかの祝勝会がまだ終わっていないこともあったが、そのペドロ・ゲベラ戦の序盤に右のスイング系のパンチをボディにもらった際、肋骨を痛めていたのである。骨折の疑いもあり、実際、1か月は痛みが引かず練習ができなかった。三迫ジムの協力を得て始まったスパーでも「ボディ打ち禁止」で相手をしてもらっていた。 しかも、対戦相手として元3階級王者の“激闘王”八重樫東(大橋)の名前が候補に挙がっていた。 だが、寺地会長は、「俺らは拳を折っても試合に出ていた。肋骨なんて怪我のうちに入んないぞ」と説得、「生中継があるから有名になれる」の殺し文句で拳四朗の心を動かし、異例のスパンでの連続世界戦のリングに上がることになったのである。 だが、その調整はスンナリとはいかなかった。試合直前にさらなるアクシデント。東京合宿中の16日に発熱。39度近くにまで上がる高熱で「やばいと思った」。インフルエンザの疑いもあったが、「もしそうだったら精神的にやられるので」と、その検査は受けず点滴と3日間の休養と気合で間に合わせた。ピンチも拳四朗にかかればピンチにならない。 試合2日前の調印式の後には練馬の映画館で「オリエンタル急行殺人事件」を見た。何ごともなかったようにケロっとしている。 唯一、気が滅入ったのは、いつも計量後に食べる行列のできる「タヌキ アペタイジング」のベーグルが年末年始の休業期間に入っていて買えなかったことくらい。それでも替わりに美味しいバームクーヘンを見つけてもらった。「あなたは女子高生か?」とつっこみたくなるようなミーハーな25歳だが、試合中とのそういうギャップも、また彼の魅力なのかもしれない。