本の内容をYouTubeでチェック...世の中に「ファスト教養」が広がる背景
学問・エンタメの「面白さ」という原点
【レジー】ただ、「仕事で忙しいなか別の対話の場をもつのはなかなか難しい」という人もいるはずです。 そこで役割を果たすのがとくに動画・音声コンテンツだと思います。YouTubeだから「軽い内容」というわけではなく、活字とは違って身体に入ってくる感覚もあるでしょう。逆に本が「重い内容」かと言えば必ずしもそうではなく、物によって玉石混交です。 【森本】だけど、レジーさんのご著書『ファスト教養』のなかで出てくるように、教養の入口として要約本・動画を見てそこから勉強すると思ったら、導入だけで終わってしまう場合がほとんどという指摘もありますよね。ファスト教養的な人にとっては、周りから頭がよく見えるように上手に喋れることが重要なのであって、教養を深めることにはつながらないのではないか、という批判です。 【レジー】そこはコンテンツの仕掛け次第かなと思います。答えを示すわけではないけれど、次の学びに踏み込みたくなるようなつくり方ができるはずです。つくり手の志というか、力量が問われます。 【森本】なるほど。レジーさんは「教育者」ですね。「どうだ」と答えを見せて終わりではなく、次の問いへの誘いを重視されている。 【レジー】恐れ多すぎます(笑)。森本さんがYouTubeやポッドキャストで、重厚な教養について語るなんてコンテンツはいかがですか。 【森本】うーん、どうでしょう。私は正直、自分の話で誰かに教養を深めてもらいたいとは思わないんですよ。 【レジー】森本さんのご著書『教養を深める』(PHP新書)で書かれているように、教養は積極的に「身につける」ものではないということですよね。 【森本】そうですね。私の学問のモチベーションは教養につながるかではなくて、「だって、面白いじゃん」です。私にとって神学や哲学は純粋にワクワクする営みで、根源的な問いを皆と考えたい。 たとえば、「ドナルド・トランプ氏はなぜあれほど熱狂的に支持されるのか」という問いを、時事問題や政治論でなく人間論で考えるのは面白いし、皆も私の見解を求めている。 ちなみに私は、トランプ氏はファスト教養の体現者だと捉えています。彼が信奉していたアメリカのノーマン・ヴィンセント・ピール牧師はThe Power of Positive Thinking(邦訳『積極的考え方の力』ダイヤモンド社)の提唱者で、同書は聖書から都合の良い言葉を引っ張ってきてビジネスの成功を謳う自己啓発書です。 トランプ氏自身も若い頃彼の教会に通っていて、最初の結婚式も彼の教会で挙げています。トランプ氏の考え方の根源には、ピール牧師のファスト教養的な要素があるわけです。 【レジー】そうだったのですか。 【森本】ともあれ私は、自分が知りたい・教えたいと思ったことを探究し、それと周りが求めることが一致したとき、努力が報いられたという深い充足感をもちます。 【レジー】互いに通じ合っている感覚ですね。音楽でも映画でも、自分の好きな作品を誰かと共有したい、わかり合いたいという原初的な欲求はあると思います。教養以前に、私たちが本来もっている根源的な喜びを見つめ直すべきなのかもしれません。
森本あんり(東京女子大学学長),レジー(ライター)