「ズレない時計は面白くない」 半世紀続く時計店、大みそかに店を開けるのは… 映し出す時代の変化
大みそか。街は年越しのための買い出しに来た人々でにぎわいます。一方、都心から離れた練馬区の時計店では、少し変わった理由で大みそかもお店を開けているそうです。時代と共に移り変わってきた、時計店の年越し事情を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮) 【画像】大みそかも、親子2代でやっています 遠方からの修理の依頼も
ズレない時計はつまらない
12月中旬、練馬区上石神井の住宅街にある「富屋時計店」を訪ねました。 取材の約束をした午後2時の少し前に、店に入ります。 間もなく、こぢんまりとした店の中で、壁時計が午後2時を示し、一斉に鳴り始めました。 「今どきの電波時計は、あんまり面白くないよね。ズレがないから、全部同じなんだもの」 そんなぼやきを口にした店主の富谷文則さん(79)が、この場所に店を構えたのは48年前のことでした。 現在、息子の健司さん(52)と2人で店を切り盛りしています。 店では時計の販売だけでなく、点検や修理なども引き受けています。 「ここは都心から距離もありますし、今はネット通販全盛の時代ですから、クリスマスや年末商戦の盛り上がりはそれほど感じないですね」と健司さん。 それでも、毎年大みそかまで店を開ける習慣を続けているそうです。 「父の時代からの風習というか、ポリシーみたいなものなんです」
出稼ぎの父親が
文則さんは18歳の時、青森県から集団就職で上京しました。 31歳で独立して今の店を構えるまで、吉祥寺の時計店で修理の腕を磨いていたそうです。 「当時働いていた店があったのは、今パルコがあるあたりの、駅前の一等地ですよ。クリスマスから年始にかけて、とにかくにぎやかでしたね」 サンタクロースの格好をした人がケーキを売ったり、鼻眼鏡で仮装した売り子がいたりといった様子を語る文則さん。 高度経済成長で日本が急速に豊かになりつつあった時代、モノがよく売れたといいます。 「時計もですが、クリスマスには特にライターがよく売れました。今じゃ考えられないですが、灰皿などと一体化した喫煙具の卓上セットなんてものもありました」 時計店で喫煙具が売られているのは不思議に思えますが、当時はありふれた光景だったそうです。 「今で言うところの、ファッションアイテムというくくりでしょうね。昔は喫煙率も高かったので、男性向けの定番商品の一つでした」 大みそかに店を開けるのは、そんな時代から続く風習だそうです。 「出稼ぎで年末ギリギリまで働いていた父親が、故郷の子どもにお土産を買っていくんです。けれど、なかなか開いている店が見つからない。そうした人たちのために店を開ける習慣があったんです」 子どもへのプレゼントには腕時計や目覚まし時計を買っていく人が多かったそうで、特に小さな子どもの場合はキャラクターものの時計がよく売れたそうです。 「キャラクター商品は難しいですよ。特に最近は流行り廃りが早いし、好みも多様になっているから、小さな店では仕入れづらいですね」 時が経ち、現在では「出稼ぎの父親」という客層そのものがほとんどいなくなりました。 「大みそかも客足は普段と変わりません。それでも、この習慣は続けようと思います」