なぜTBSはCJ ENMと組んだのか?共同制作の経緯、日韓ドラマの違い
日本のTBSグループが、韓国のグローバルエンタテインメント企業CJ ENMとパートナーシップ協定の一環としてドラマ・映画の共同制作に合意したことを5月10日に発表した。両社は今後3年間で3本以上の地上波ドラマ、2本の劇場用映画を共同で作る。ドラマに関しては2025年のTBS地上波ゴールデンタイムで少なくとも1本が放送されることが決定している。 【画像】韓国・坡州(パジュ)にあるCJ ENM スタジオセンター 映画ナタリーでは、TBSグループとCJ ENMのパートナーシップ協定における企画に携わる担当者2名にインタビューを実施。なぜパートナーにCJ ENMを選んだのか? そして日韓ドラマの違い、リメイクで好まれる作品の傾向、日韓合同クリエイター研修で感じたこと、今後の共同制作についても語ってもらった。 取材・文 / 田尻和花 ■ CJ ENMとは? 韓国・ソウルに本社を持ち、これまでに映画「パラサイト 半地下の家族」「バトル・オーシャン 海上決戦」やドラマ「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」、ミュージカル「キンキーブーツ」などを企画・制作・配給してきたグローバルエンタテインメント企業。ドラマ専門制作スタジオ「Studio Dragon」、アメリカに本社がある「Fifth Season」、OTTコンテンツ制作スタジオ「CJ ENM Studios」などメジャーの制作・配給スタジオを保有している。(※OTT=配信サービス) ■ 戦略的なCJ ENMに魅力を感じて ──今回のインタビューでは、なぜTBSグループがCJ ENMと組んだのか、韓国企業と組んでみてどんな違いや学びがあったのか、そして今後の展開についてお聞きしたいと思います。5月に共同制作の合意発表がありましたが、それ以前に2社は2021年にパートナーシップ協定を締結しています。そのあたりの経緯から教えてください。 TBS EDGE(グロ-バル・デジタル拡張)戦略責任者 私は2021年のパートナーシップ協定の責任者を務めました。CJ ENMさんにはStudio Dragon、STUDIOSという世界的ヒットを出し続けている制作会社がありますし、映画も配給されていて、(CJ ENMの音楽専門チャンネルである)Mnetのサバイバルオーディション番組「PRODUCE 101」の日本版はTBSで放送しています。そういうつながりも含め、CJ ENMさんが持っているコンテンツの制作システムやビジネススキームがこれからTBSが目指している部分と重なりました。我々はドラマを海外でより観ていただけるよう邁進中ですし、バラエティのフォーマット販売にも力を入れています。それと同時に海外向けコンテンツを戦略的に作っていくTHE SEVENという会社もグループ内に立ち上げました。CJ ENMさんはヒットドラマ「愛の不時着」「涙の女王」「ソンジェ背負って走れ」などの制作や映画「パラサイト」の配給、MAMAやKCONなどの音楽イベントの世界展開など、すでに世界で活躍されていました。我々にとって一番学びになるグループ企業じゃないかということで、パートナーシップのお話を始めました。 ──ほかの韓国の企業とも比較したうえで? TBS EDGE戦略責任者 はい。その中でCJ ENMさんはかなり戦略的だと感じました。アメリカでビジネスを進めたり、日本に拠点を置くかどうかも考えていた。やはりすごく進んでるなと思ったんです。 ──そして今回の具体的な共同制作合意に至ったということですね。制作にあたっては日韓で体制や予算の違いもあると思いますが、その点はいかがでしょうか。 TBS EDGE戦略責任者 韓国のコンテンツは海外でもよく観られていて、海外の売り上げが圧倒的に高い。制作費も我々に比べて高額で、いいサイクルで回っているなと思っています。俳優や脚本家に支払うギャラ相場が上がったり、広告が若干落ちていたりで、作る本数が絞られてきているという話も聞きましたが、やはり売り上げが高いので制作費にちゃんと戻ってきている。よりよいコンテンツ、ハリウッドと闘えるようなコンテンツを作っていて本当にうらやましいなと思います。 ほかにもシステムで違うところは山ほどあります。日本ではドラマの間にCMがたびたび入りますし、韓国のほうはドラマ本編の尺が長い。韓国の場合、「この尺でいきたい」となると番組編成側が合わせてくれる局もあります。我々はきっちり放送時間が決まっていますから、この尺で収めなくちゃいけないという制限があります。どちらがいい悪いということではないので、お互いにやり方を学びながら、ですね。とはいえクリエイター同士で話をすると「このコンテンツは面白いよね」「この発想いいよね」という感覚はまったく一緒なんです。家族を大切にするといった価値観もすごく近いところがあるので。 ──予算の話ですと、韓国は映像コンテンツに関して国からの支援がありますよね。日本はどうでしょうか。 TBS EDGE戦略責任者 多少はありますが、韓国ほどではありません。韓国では韓国コンテンツ振興院(KOCCA)から年間670億円ぐらい、育成も含めたコンテンツ事業にお金が出されていますが、日本はそこまでいっていない。私たちも政府へ予算についての話をしてはいます。政府としても、日本のコンテンツを世界に出していくということを大きなテーマの1つに掲げているようですが、韓国にはほど遠い状況です。 ■ 韓国がリメイク作に選ぶのは感情の琴線に触れるような作品? ──TBSグループもドラマや映像コンテンツをどんどん海外に出していきたいという意欲がありますよね? TBS KOREA責任者 そうですね。私はTBSのコンテンツを海外に出す役割を担っていますが、バラエティショーのほうが文化の違いの影響を受けないというところもあって、「SASUKE」や「風雲!たけし城」といった番組などが広く受け入れられています。ドラマはビジュアル的な違いもありますし、日本版のフォーマットそのままで売るというのが難しいんです。リメイクとなる場合も、話数で大きな差があるんですね。日本は8話から10話で終わりますが、韓国ですと10数話、トルコは50話、南米だと100話といった単位だったりするので、アレンジを加えて売り出すことを意識しています。 今年6月にTBS KOREAを新しく作ったのも、コロナ禍で韓国を中心にしたアジアのコンテンツをアメリカ(欧米)の人たちが字幕で観てくれるようになったからです。いいものさえ作れば欧米の方も観てくれる。そこにチャンスがあると思いました。その証拠にTBSグループのTHE SEVENのクリエイターが作ったNetflixシリーズ「幽☆遊☆白書」「今際の国のアリス」は、たくさんの英語圏のランキングでベスト10に入りました。 ──字幕作品でも観てもらえるようになったというのは大きな転換点ですよね。先ほどリメイクの話がありましたが、「愛していると言ってくれ」「アンナチュラル」「最愛」「不適切にもほどがある!」など、TBSドラマを韓国でリメイクするというニュースが近年いくつも発表されています。リメイクの際はどんなふうに話が進むか教えてください。 TBS KOREA責任者 大きくパターンがいくつかありまして、我々のセールスが「この作品をリメイクしてみませんか」と制作会社に提案するパターン、ソウルや世界の見本市に参加して売るパターン、配信されているうちのドラマを観た韓国の会社から問い合わせがあるパターンでしょうか。通常は日本でのオンエアがすべて終わって、セールスツールをそろえてからご紹介をするんですが、「不適切にもほどがある!」は非常に珍しいケースでした。韓国サイドにファンが多くいらっしゃったようで、3・4話目が放送されたタイミングぐらいで4・5社から同時にオファーが来たんですよ。同時に複数社からお問い合わせいただくことはなかなかないんです。今は日本と韓国は、文化的にかなり緊密になっていますよね。例えばドラマ「ソンジェ背負って走れ」が韓国で大ヒットしているらしい、この配信サイトで観られるねといった情報もすぐに知ることができます。SNSなども駆使してクリエイターたちがそれぞれ情報をゲットしていくということがすごく増えたと思います。 「愛していると言ってくれ」は少し昔のドラマですが、日本のドラマがアジアで特に観られていた頃のものですから、韓国のクリエイターにとっては影響を受けた憧れのような作品なのかもしれません。そういった新作ではないタイトルもお問い合わせいただいています。ジャンルも幅広くて全ジャンルですね。 TBS EDGE戦略責任者 その中でも中毒性があったり、すごく熱を持ったファンがいる作品が選ばれやすいとも思います。ドラマ「最愛」や映画「スマホを落としただけなのに」も熱いファンが付いているんですよ。 TBS KOREA責任者 これは個人的な感覚ですが、やはり感情の琴線に触れるような作品がいいのかなとも感じました。復讐ものの怒りでも、ヒューマンドラマの感動でも、日本人より韓国の方のほうがパッションが強いというか、エモーショナルな感覚を重要視して選んでいる傾向が多い気がします。 ■ 飛ぶように売れた配信チケット、チェ・ジョンヒョプ出演作「Eye Love You」で得た自信 ──なるほど。今回のパートナーシップの話とは少々ずれますが、最近のTBS系ドラマといえば「Eye Love You」が大きな話題になりましたね。韓国の俳優チェ・ジョンヒョプさんが二階堂ふみさんと共演されました。チェ・ジョンヒョプさんは日本での人気が急上昇していますが、社内ではどんな反応・影響がありましたか? TBS EDGE戦略責任者 この作品は韓国のNetflixで視聴ランキングに9週連続で入りました。韓国コンテンツがひしめき合う中でベスト10に入り続けたということは、TBS全体ですごく自信になったと思います。このドラマのファンミーティングをやったときには配信チケットがすごく売れました。関わったスタッフも、これだけファンがいて愛されているんだと実感したと思います。今はテレビドラマの配信などもありますから、なかなか視聴率だけでは見えてこないファンの姿を感じられて、会社全体としても驚きました。 ──関連インタビューでは、日本語がわからないチェ・ジョンヒョプさんを迎えるために、チーム全体で気を配っていろんな工夫をしたとありました。なかなかない体験だったと思います。 TBS EDGE戦略責任者 大変なことはたくさんあったと思いますね。コミュニケーションを取るときも、翻訳や通訳の仕方でやっぱりニュアンスが変わってきますから。ただ「いいものを作りたい」「ドラマが好き」という点で通じ合う情熱はあると思います。クリエイター同士、お互いのコンテンツを観ているので。それは3月に行われたCJ ENMさんとの合同クリエイター研修でも感じたことです。 ■ 日本のIP活用に韓国サイドが興味津々「韓国ではたくさんコンテンツが出てくるので、消費期間が短い」 ──戦略的パートナーシップ協定の一環として行われた研修が3月に韓国、8月に日本で実施されました。TBSとCJ ENMの映画・ドラマ制作に関わるプロデューサーやディレクターが参加したワークショップでは、韓国側が番組の制作工程や企画立案のプロセスなどを紹介したり、日本側がIP(※知的財産を意味するIntellectual Propertyの略)を活用した映画化・イベント開催などの多面的ビジネス展開について語ったそうですが、どんなやり取りが印象的でしたか? TBS EDGE戦略責任者 韓国サイドからすごく驚かれたのはIP活用についてですね。1つのコンテンツからグッズをたくさん出したり、ファンミーティングを行ったり、続編やスペシャルドラマ制作も日本では行いますよね? ファンが離れずに1つのコンテンツを愛し続けて、長く展開し続けられることをうらやましがられました。「韓国ではたくさんコンテンツが出てくるので、消費期間が短い」「すごくヒットしてもすぐに忘れられて、次の作品に移られてしまう」という話でした。日本の場合はドラマ版のファンだった方が、数年後に作られた映画版を忘れずに観に行ってくれます。そういうIPを開発していける日本はいいですねと言われます。 ──なるほど、韓国は盛り上がりのサイクルがかなり速いんですね。 TBS EDGE戦略責任者 それに韓国ではドラマのIPが映画のIPになることもないようです。例えば「イカゲーム」があれほど流行ったら、日本だったらスピンオフや映画を絶対作りますよね。韓国ではテレビドラマと映画の人材がかなり分かれていると聞いたので、その関係もあるかもしれません。最近は映画を作っていた方が、配信コンテンツも手がけるようになったという話もありますが。 TBS KOREA責任者 僕もあまり詳しくないのですが、映画とドラマではもともと体制が違っていて、お互いをつなぐものがこれまであまりなかったということでしょうか。映画にしか出ない俳優さんもいらっしゃいますし、ソン・ガンホさんがドラマ「サムシクおじさん」に出るというだけでニュースになったりしましたから。 ──いずれは韓国でも日本のような形に変わっていくものですかね。 TBS EGDE戦略責任者 そうはならないとは聞いていますがどうでしょう。ただCJ ENMさんは映画配給もやっているので、もしかしたらそういう部分を変えていくかもしれませんね。 ──ちなみに研修では韓国にあるCJ ENMのスタジオにも行ったそうですが、いかがでしたか? TBS EGDE戦略責任者 坡州(パジュ)のスタジオを見学したのですが、ハリウッドを参考にして建てられたスタジオということで、スケールといい バーチャルプロダクションステージといい、素晴らしかったです。実は敷地面積はTBSの緑山スタジオ・シティのほうが広いのですが、機能面含めいろいろと勉強させていただきました。カーチェイスを撮れるような道路もあるんですよ。 ■ 共同制作の企画は社内公募中 ──ちなみに共同制作の内容について、お話しできる範囲で伺えますか? TBS EDGE戦略責任者 TBSとCJ ENMさんそれぞれで社内公募をしていて、ジャンルはまったくの未定。ラブコメもヒューマンドラマもいろいろ上がってきています。韓国の場合はファンタジー要素を含んだ作品がよくありますし、先ほどお話ししたように制作費も違います。日本の方にもウケるのかを考えながら、CJ ENMさんからいただいた企画を精査しているところです。例えば脚本や企画は韓国から提供していただいて、実写化は日本で行うといった形などいろんなアイデアがあります。 やはり韓国の一流のクリエイターの方と接してみて、彼らの考え方や企画の立て方を学べることはすごく刺激になっています。最近の研修にはNetflixシリーズ「マスクガール」やドラマ「女神降臨」といった作品を手がけた著名なクリエイターの方々にも来ていただいていますし、参加者たちからも、インスパイアされてすごくためになったという声が上がっていました。