柚月裕子「ちょっとした家族のひび割れを、安心してモヤッとしていいんだと伝えたくて。故郷岩手を舞台にした初の家族小説に挑戦」
2008年に『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。『孤狼の血』『盤上の向日葵』などミステリー、サスペンス作品を発表してきた作家の柚月裕子さん。「今まで書いたことのない小説を」という担当者からのリクエストに、初の家族小説にチャレンジしたと語ります。2人の子を持つ母親でもある柚月さんは、どの家族にもあるちょっとしたひび割れの、もやっとした感じを丁寧に描きたかったそうで――(構成:内藤麻里子 撮影:本社・奥西義和) * * * * * * * ◆親子の《ひび割れ》の正体 40歳でデビューしてからこれまで、『孤狼の血』や『盤上の向日葵』などミステリー、サスペンス作品を手がけてきましたが、今回の『風に立つ』は、初の家族小説です。しかも初めて生まれ故郷の岩手を舞台にしました。 書くにあたって、担当者に「今までに書いたことのない小説を」と言われて。そういうご提案がないと書かないテーマと舞台になりました。 物語は、非行少年の庄司春斗(しょうじはると)を盛岡で南部鉄器工房を営む小原(おばら)家が補導委託で預かるところから始まります。 「補導委託」は、問題を起こして家庭裁判所に送られた少年を、民間のボランティアが一定期間預かる制度。家裁調査官の修習生が主人公の『あしたの君へ』の取材で知って興味をひかれ、いつか描いてみたかったんです。 春斗の鬱屈の原因は、やがて親とのすれ違いにあることがわかってきます。ところが受け入れる小原家にも、父と息子のすれ違いがある。誰もが一度は家族について悩んだことはあると思います。 小原家の息子・悟(さとる)は父を理解できず、ぎこちなく固まっている状態。そこに春斗という存在が入ってくることで、悟たち親子にも変化が生まれる設定にしたかったのです。
◆わかってはいるけれど、危なっかしく見えて 父がいきなり補導委託を引き受けると言い出し、悟は迷惑がるのですが、一緒に暮らし始めると春斗に寄り添うようになります。今まで私が書いてきた小説は動きがありました。場面転換が多かったり、登場人物が行動を起こしたり。 でも本作は小原家の茶の間と工房が主なシーンです。アクションもない。悟や春斗の変化を自然に受け止めてもらえるように、人間心理が変わっていくさま、何十年も凝り固まっていたものが溶けていく過程を、心を砕いて書きました。 私も中高生の頃、親に気持ちをわかってもらえないなと思うことはありました。けれど父は自分の考えを押しつけず、ものごとの本質を伝えてくれていた気がします。例えば、「本を読みなさい」と言われたとして、「本にはいろいろな考え方や世界があるから、学べることが多いよ」というように。 父は東日本大震災で亡くなってしまいましたが、今でも悩んだり迷ったりした時には、私のなかにいる父に尋ねています。生きていくうえでの指針の一つですね。 21歳で結婚し、子どもが二人います。娘と息子はすでに独立していますが、もちろん、親としても子どもとのすれ違いはありましたよ(笑)。だから悟の親の気持ちも、春斗の親の気持ちもよくわかります。 親が望む幸せが子の幸せとは限らない、とわかってはいるんです。でも彼らの考えがどうしても危なっかしく見える。「ここで言わなければ」という時は、なぜダメなのかの理由を伝えました。父から言われたことですよね。