「私は日田杉の営業マン」農水省技官から大分・日田市副市長に転身した服部浩治さん
「農林水産省で日田市を一番愛しているのは私。喜んで行きます」。椋野美智子市長から副市長就任を打診され、服部浩治さん(51)は二つ返事で引き受けた。環境省や外務省などでも森林政策に携わり、20代で大山町(現日田市)へ出向した経験がある。4月に着任して3カ月。「私は日田杉の営業マン。どんどん売り込んでいきたい」と市内外を積極的に飛び回る。 愛知県稲沢市出身。子どもの頃、世間では「これからは環境の時代」と声高に言われ、環境保護に欠かせない木に興味を持った。名古屋大農学部に進学。物理も好きだったため、「力学も学べそう」と木材工学を熱心に勉強した。 バスケットボールにも熱中し、中学、高校でキャプテン。大学4年の時は東海学生バスケットボール連盟の委員長に就任し、審判を務めるなど裏方として大会運営を支えた。当時、学生では唯一の日本バスケットボール協会公認審判だったという。 厳しい就職氷河期で1年間の留年を経験し、1996年、農水省の技官になった。2年後に大山町へ。大山ダムの建設や、第三セクター運営の農産物直販所「豊後・大山ひびきの郷」の開設などに携わった。 妻の由美子さん(55)は大山町役場の元同僚。上司の後押しもあり、由美子さんが2人分の弁当を作ってくれた。昼食はいつも一緒。「妻の料理は最高。当時からハンバーグが大好物です」と愛妻家の顔をのぞかせる。自然と距離が縮まり、出会いから1年で結婚した。 林業の専門家として、2007年から環境省へ。08年の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)、09年の国連森林フォーラムなどを担当した。北海道庁への出向経験もあり、その間に2級建築士や宅地建物取引士の免許を取得した。 庁舎にこもらず、積極的に外の会合へ足を運ぶ。「日田の林業関係者は伝統があるためか、新しい取り組みに二の足を踏む雰囲気がある」。一歩引いて市を見つめ、こう感じる。 地元の子どもたちにも呼びかける。「日田のように面白い地域はない。地元に愛着を持ち、進学などで市外に出ても、いつかは戻って活躍してほしい」 (渋田祐一)