「モモ(絵本版)」訳者・松永美穂さんインタビュー 名作の哲学的なエッセンスを丁寧に凝縮
絵本を訳すのは楽しい
――松永さんはベルンハルト・シュリンクの『朗読者』(新潮社)などをはじめ、大人向けのドイツの現代小説を多数訳されています。近年は『ヨハンナの電車のたび』(西村書店)など絵本の訳も増えていますが、絵本を訳すのはどんな気持ちですか。 それはもう、すごく楽しくて。子どもに読んでもえらえる、聞いてもらえると思うと楽しいですし、絵があるのも楽しいです。外国語のものを、自分がはじめて訳して、音にして、声に出して読んでみるのもわくわくします。小説だとなかなかそんなふうにはできませんから。 やっぱり、絵本の存在自体が楽しいものじゃないでしょうか。小説を訳すのは長丁場なので、楽しさもあるけれど、苦しさもあります。もちろん、それを超えた喜びもあるんですけど……。絵本は早く訳し終わって、早く見直すことができるので(笑)。読み手の子どものことも考えながら、言葉や表現を工夫していける楽しさがあります。 ――大学では「翻訳論」のゼミを持っているそうですね。 「翻訳・批評ゼミ」というゼミです。ゼミ生は大学3年生でまず絵本を一冊訳します。私が「この本を訳しましょう」と指定するのではなく、日本で未訳の作品を、まず学生に探してきてもらうことからはじめます。アマゾンなどのインターネット書店でもいいですし、実物を見ないとわからないでしょうから、紀伊國屋書店や丸善などの洋書フロアで探してくることを勧めます。自分がどんな本が好きなのかを意識した方がいいですし、実際に、学生によってはすごく個性のある絵本を選んできたりします。 訳を発表してもらい、みんなの意見を聞いたり、私が気づいたことを指摘して「もっとこういうふうにしてみるのはどう?」とアイデアを出したり。ゼミの最後の方には、ベテラン編集者の方に見てもらう機会もあり、編集者ならではの視点でアドバイスをもらうこともあります。 4年生になると卒業制作としてさらに読み応えのある本を一冊訳すという課題があります。私のゼミに入ると、とにかく翻訳しないといけないので、「すごく楽しかった」という学生と「とても辛かった」という学生、両方います(笑)。 ――『モモ(絵本版)』はどんな人が読むとよいと思いますか。最後に本書を手に取る人へのメッセージがあればお願いします。 子どもが読んでも、大人が読んでも、よい絵本だと思います。すべての漢字にふりがなが振ってあるので、小学生の子どもたちも読めます。起承転結がしっかりある長編物語とは違うものではありますが、「時間」や「耳を傾けること」や「今ここにいること」が丁寧に描かれています。『モモ(絵本版)』をまた違った切り口の作品として、楽しんでもらえたらと思います。
お話を聞いた人
松永美穂(まつなが・みほ) 翻訳家、早稲田大学文学学術院教授。訳書にベルンハルト・シュリンク『朗読者』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、カトリーン・シェーラー『ヨハンナの電車のたび』(日本絵本賞翻訳絵本賞受賞)、ヘッセ『車輪の下で』、リルケ『マルテの手記』、シュトルム『みずうみ/三色すみれ/人形使いのポーレ』(光文社古典新訳文庫)など多数。著書に『世界中の翻訳者に愛される場所』(青土社)など。
朝日新聞社(好書好日)