「ヘタクソ」「八百長」。その言葉、アスリートを傷つけています。 かつて「殺人犯」とデマを流されたスマイリーキクチさんが、パリ五輪中のSNS世論の暴走に感じたこと
「ヘタクソだな」「引退しろ」「買収されてるんじゃないの?」―。スポーツを見ながら、高ぶった感情でこんな言葉をテレビの画面に投げつけたことはないだろうか。スポーツは人の心を揺さぶる。それだけに、負の感情も増幅されやすい。 【写真】柔道女子52キロ級2回戦で敗れた阿部詩
パリ五輪の盛り上がりの裏で、SNSには誹謗中傷の書き込みがあふれた。テレビ画面に向かっていくら罵詈雑言をぶつけても、選手の耳には届かないが、SNSは違う。言葉のやいばにさらされた選手たちはつらさを訴え、自制を求めるメッセージを発信した。 五輪にはたびたび、ナショナリズムの発揚に利用されてきた歴史があり、国家間の競争意識は今も残る。そのためか、選手や審判が中傷の対象になりやすい。こうしたSNS世論の暴走を繰り返さないためには、どうしたらいいのだろう。 かつて「殺人犯」とデマを流されたタレント、SNSの中傷に詳しい専門家、スポーツ文化の研究者。彼らに話を聞き、対策のヒントを探った。(共同通信=大根怜、小田智博) ▽「殺人犯」のデマ被害者はどう見たか 過去にインターネットで「殺人事件の犯人」とデマを流されたタレントがいる。タレントのスマイリーキクチさん(52)だ。中傷の被害者として、SNSへの軽率な投稿に警鐘を鳴らす。「自分の指先から出ている刃物を相手に向けたとき、どれくらい相手にダメージを与えるかを理解すべきだ」
大会前半、柔道女子52キロ級の阿部詩(24)が敗戦後に号泣した。ネットでは「見苦しい」と非難の言葉が飛び交った。スマイリーキクチさんは「批判的投稿を見て『自分と同じ思いだ』と感じ、さらに拡散する負の連鎖が起きた」と語る。 有名人にはひどい言葉をぶつけても構わないとの誤った意識を持つ人は多い。SNS利用者に対してはこう提案する。「ストレスを感じるような場面と距離を置き、SNSを見ない。車の運転と同様、情報との『車間距離』を保ってみては」 ▽テレビの前での罵詈雑言が可視化された ネットの問題に詳しい国際大の山口真一准教授(社会情報学)は「昔もテレビの前での罵詈雑言はあった。現在はそうした状況がSNSで可視化され、直接言葉を投げつけることさえ可能になっている」と分析する。 個人でできる防止策として、投稿内容を事前に読み返すことを挙げる。ただ客観的に見れば中傷でも、投稿者は正当な批判だと考えていることが多い。問題は根深い。