「ヘタクソ」「八百長」。その言葉、アスリートを傷つけています。 かつて「殺人犯」とデマを流されたスマイリーキクチさんが、パリ五輪中のSNS世論の暴走に感じたこと
山口准教授は、SNSを運営する事業者の対応が鍵を握ると見る。TikTok(ティックトック)の場合、不適切な内容だと判断されたコメントには投稿前に再検討するよう促す機能があり、一定の効果が確認されているという。 大会中、日本選手団は「侮辱や脅迫などの行き過ぎた内容に対しては、警察への通報や法的措置も検討する」との声明を出した。山口准教授は「アスリートは個人の力が強調される分、攻撃にさらされやすい。組織やチームで選手を守ってほしい」と話した。 ▽五輪の本質は「国別対抗戦」ではない 審判の判定を巡っても、SNSは過熱した。7月27日にあった柔道男子60キロ級準々決勝。金メダルを期待されていた永山竜樹(28)は、絞め技による一本負けを喫した。ただ、決着直前、審判は「待て」をかけていた。力を抜いた永山。しかし、対戦相手のは絞め技を続けていた。 全日本柔道連盟は映像を確認した上で国際柔道連盟(IJF)に文書で抗議。SNSでは相手選手や審判に誹謗中傷が殺到した。こうした状況に、永山自身が「中傷は控えて」と訴える事態となった。
7月30日のバスケットボール男子1次リーグ2戦目。日本は第4クオーター残り10秒で4点をリードしていた。河村勇輝(23)が相手の3点シュートを止めに入る。この動きがファウルと判定された。ファウルでのフリースローを決められ、日本は一気に追いつかれ、大事な試合を落とした。 ところが試合後、河村が相手に触れていなかったと主張する意見と“証拠写真”がSNSで拡散する。勝敗に直結するプレー。さらに、相手が地元フランスだっただけに「忖度」「大誤審」などと怒りが渦巻いた。 スポーツの在り方を長年考えてきた専門家はどのように見たか。スポーツ文化評論家の玉木正之さんは「誤審騒動は過去の大会でもあった。今更珍しいものではない」と話し、その例として、2000年のシドニー五輪柔道最重量級で篠原信一さんが敗れた決勝での「世紀の大誤審」を挙げる。 一方で今回は、専門家が「誤審ではない」と明言するような判定に対しても、「誤審だ」と非難するケースが目立った。特に日本選手の敗北につながった場合だ。
玉木さんは「最近はメダル至上主義や国別対抗戦という面が強くなりすぎ、自国の選手やチームが負けた際の怒りが審判に向いてしまうのではないか」と見る。 その上で、こう提言した。「本来、五輪の本質はスポーツを通じて平和を実現することにある。もっとそこに着眼するべきではないか」