レスリング熱湯かけ男は札付きのワルだった
格闘技は確かに激しさを求めるものだが、スポーツである以上、対戦相手に対する敬意を忘れてはならない。なぜ、スポーツにふさわしくない姿勢が失われるような現象が放置されてきたのか。やはりマルティネッティ国際レスリング連盟前会長が繰り返したルールの改悪が影響しているように思えてならない。マルティネッティが主導して繰り返したレスリングのルール変更は、くじ引きによる延長戦の進行決定など競技を分かりづらくさせたが、「紳士的であれ」という精神も薄めてしまった。 レスリングは、試合をはじめるときに必ず対戦相手と握手をしてから始める。試合時間の途中、再開するときにもお互い握手をするのが習わしだ。終わったあとも、どのような結果であっても握手をする。拒否する選手に対しては審判から強い指導がある。これに加えて以前は、試合開始前にハンカチを持っていると審判に見せることがルールで定められていた。持っていない場合は、ハンカチを持ってくるまで審判は試合を始めなかった。 ところが、マルティネッティはこのハンカチを審判に示す儀式を無駄なものとして廃止してしまった。ハンカチを示すことは確かに形式的な行為になっていた。だが、お互いに正々堂々と紳士的に戦おうという決意表明の儀式は、繰り返すうちにレスラーたちの精神に影響を与えていたはずだ。この形式の排除は「試合で勝ちさえすればよい」という態度を隠さない、現在のスポーツ選手に求められる若者にとってのロールモデルとはかけ離れたレスラーを生き残らせ、増殖させたように思えてならない。 マルティネッティ前会長が考えるわかりやすいレスリングを目指した十年以上にわたる数々の変更は、2013年に最悪の形でIOCによる判定がくだされた。五輪の中核競技からの除外、正式実施競技から除外される危機に直面する形で否定されたのだ。 現在、国際レスリング連盟は現代にふさわしいスポーツ競技を統括する団体として変革を求められている。その声に応えて、理事への女性の登用や、選手委員会の設立など急ピッチで形を整えている最中だ。当然、形式だけではなく中身も問われていることを忘れてはならない。 高谷へのガイダロフによる暴行にについて厳重抗議した日本チームに対し、国際レスリング連盟は選手資格剥奪など厳しい処分を考えていると回答している。さっそく今回の世界選手権でガイダロフは失格し順位なしになっているが、アテネ五輪後のように1年も経たずに復帰するような曖昧な処分だけはしないでほしい。生まれ変わったレスリング競技のスポーツとしての在り方が問われているのだから。 (文責・横森綾/フリーライター)