主審の笛はブラジル代表に有利か?
2014年ワールドカップ初戦のブラジル対クロアチア戦の西村雄一主審が下したPKの判定が物議を醸しました。一般にスポーツではホームチームが有利であると言われます。その原因の1つが「観客の声援やブーイングが主審の判断に影響するから」というものですが、実は2010年にドイツの研究者が実証研究を行い、成果を発表しています(*1)。果たしてその俗説は本当なのでしょうか?
この研究者らは、審判は自分で意識しなくてとも観客の声の大きさを判断の手がかりとして使ってしまうと考えました。ファウルがどの程度激しいものだったか、転倒が意図的なものだったか、などという判断はある程度主観的にならざるを得ません。こうした判断に直面した審判は、判断材料として観客の声の大きさを無意識に使ってしまうのではないか? というのです。 彼らはまず、1997年から2002年までのドイツ・ブンデスリーガのデータベースを分析しました。すると、観客の入り(観客収容数の何%が埋まっていたか)が多いほど、ホームチームとアウェイチームが受けるイエローカードの枚数の差が大きいことが分かりました。さらにこの差は観客とフィールドの距離が近いスタジアムほど大きかったのです。つまり、観客の声が審判に届きやすいほど、アウェイチームがイエローカードを受けやすくなるというのです。 また、ホームチームとアウェイチームが受けるイエローカードの枚数の差はそのまま両チームの得点差につながっていました。したがって、この結果は観客の声の大きさがホームアドバンテージを作り出しているという仮説を支持していますが、まだ決定的とは言えません。そこで、この論文の著者らはさらに実験を行いました。 実験にはドイツサッカー協会に所属する20人の審判が参加しました。彼らは56種類の過去のファウルシーンの映像集を見て、自分だったらイエローカードを出すかどうかを判断しました。その際、ファウルの直後の観客の声の大きさのボリュームが2種類用意されました。つまり同一のシーンで同一の観客の声が使われるのですが、声の大きい条件と小さい条件と2つのバリエーションを用意したのです。 20人の審判はファウルシーンごとに声の大きい条件か小さい条件のいずれかに無作為に割当てられました。したがって、異なっているのは観客の声の大きさだけで、それがイエローカードの判断にどのように影響するかを正確に分析することができたのです。 結果は明らかでした。観客の声が大きい条件で見た場合には、声が小さい条件よりもイエローカードを出す確率が10%ほど高くなったのです。 このように、主観的な判断が求められた審判は、自分が観客の声の大きさに影響されていると自覚していなくても、実際には影響される場合があるということが実験で実証されているのです。 (小林哲郎・国立情報学研究所准教授 ) -------------- *1 Unkelbach, C., & Memmert, D. (2010). Crowd noise as a cue in referee decisions contributes to the home advantage. Journal of Sport & Exercise Psychology, 32(4), 483-498.