【コラム】「焼き鳥とお好み焼き」のしたたか戦略と「世界一マズい!?」イギリスの食事情【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
ことほどさように、不便・不親切・不愉快、と「不」の連鎖が続くイギリス生活だが、それもコインの裏表、と実感する出来事があった。 「イギリスあるある」の一つに、「開けられないシリーズ」というのがある。ケチャップやジャムの瓶のふた、ボトルキャップ、恐ろしい力で締まっていて、とてもかよわい48歳女子の手には負えない。おまけにラップは、引き出した途端にとっかかりがどこかに消えてしまい、さんざん格闘した結果として全体の3分の1はゴミ箱の藻屑と消える。
ある夜、仕事帰りに疲れ切ってスーパーに寄ると、入り口にでっかく「SuperValue!」の文字。見ると、9ポンドのワインが5.95ポンドになっている。これは買うしかない!とほくほくしながらレジに運び、家に帰っていざグラスに注ごうとすると、あかない・・・日本から持ってきた奥の手、「瓶あけられます」のシリコン製アイテムを使ってもあかない・・・ボトルを両足ではさみ、両手を使って踏ん張っても、あかない・・・そのうち頭に血が上り、脳内出血を起こしかねない様相を呈してきた。 しかたがない・・・恥をしのんでアパートの管理人さん(とは名ばかりの門番さん)のところに駆け込んだ。「すみませんが、ボトル、開けていただけませんか?」と小窓からボトルを差し入れると、門番のアブドゥルさん、恐怖にゆがんだ形相で後ずさった。何か危険物と勘違いされたのだろうか、と「あ、コレ、ただのワインですよ。夕飯と一緒に飲もうと思ったらあかなくて・・・」とあわてて笑顔をつくると、「違う、ダメ・・・」と今度は泣きそうな顔になっている。あ、と思い当たった。「もしかして、宗教上の理由、とかですか?」と聞くと、「はい、私は厳格なイスラム教徒です。ですから、こうした酒類の瓶は触れません」とまじめな顔で答えが返ってきた。 「もうひとりのジェイコブさんが当番だったらな~」と内心がっかりしていると、アブドゥルさん、駐車場を指さして「あそこにいるピザの配達人に頼んでみては?」と言う。おお、それは名案。見るからに屈強そうなアフリカ系の若者である。ワインボトルなぞ、ちょちょいのちょいで開けられるに違いない。さっそく走って持って行くと、たぶん「まかせとけ!」みたいなことを言って(早口で聞き取れなかった)バイク用の手袋を脱いでさっそく取りかかった・・・が、うんともすんとも言わない。再びチャレンジ。だんだん脳内出血を起こしかねない様相に・・・そのときである。天の声が降ってきた。 「どうしたの?」あちこち見上げてサーチすると、同じアパートの5、6階あたりの窓から金髪の若い女性が顔を出している。「ボトルが開かないんです!」「上がってきなさいよ。65番の部屋、ノックして」配達人も地獄に仏とばかり、「よかったね」とボトルをさっそく手放した。アパートに走り込み、エレベーター(こちらではリフト、という)が来るのももどかしく、階段をかけ上がる。65番だから6階に違いない、とあたりをつけるが・・・ない。よく考えると私の家は71番なのに3階だ。どういう論理かよくわからないが、イギリス人が算数ができないと言われる理由はこのあたりにあるのだろうか、などと邪推しながら探し回ると、目的の家は5階にあった。71番が3階で、65番が5階。意味がわからない。 「そのボトル?ちょっと待ってて」青い目をした可愛らしい女性である。まもなく長身のブルネットの男性をともなって戻ってきた。「旦那がこういうの得意だから、待ってて!」待っている間、「日本から来た記者だ」と自己紹介すると、「私はサリー。ロンドン生まれのロンドン育ち、もっか求職中、よろしくね」と少し鼻にかかった明るい声。「新婚さんですか?」と聞くと、「まあね、そんな感じ」と照れくさそうに笑った。 やがて旦那さんが戻ってきた。「いや~、これは難しかった。キャップこわしちゃって閉められないけど」とボトルを差し出す。見ると、ペンチみたいなもので挟んだのか、ボトルキャップがべこべこにゆがんでいる。「これは今晩中に全部飲んじゃわないとね~」とサリーが冗談ぽく言うので、「半分どうですか?」と差し出すと、「あはは、それ、あたしたちも買ったから大丈夫!目の前のスーパーで特売だったやつでしょ?」と笑う。「あれは買いますよね~」「もしかしてボトルがあかないからSuperValueだったのかもね!」と一緒になって大笑いしながら、ああそうか、と腹落ちした。 「不便、不親切、不愉快」があるからこそ、一緒に笑い合う人との絆が生まれるのだ。彼らはあまり不便を気にしない。単にこの生活に慣れているのかと思っていたけれど、彼らはきっとどこかでわかっているに違いない。ちょっとくらい不便があったって、そんなものは、助けあいとユーモアで吹き飛ばせばいいんだってこと。小さな不便を嘆くのか、それとも誰かと助け合って笑い飛ばすのか・・・イギリス生活は、そんな小さくもたいせつな選択肢を日々与えてくれている気がする。
■筆者プロフィール
鈴木あづさ: NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク「深層ニュース」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで日曜作家としても活動中。最新作は「彼女たちのいる風景」。