『嘘解きレトリック』が描いた数々の“嘘” “本物”だった鈴鹿央士と松本穂香の愛らしさ
時に本人さえ気づかないまま紡がれる「嘘」もある。悪意や欺き、優しさの裏返しとして描かれてきた「嘘」は、最終話では「愛する人の幸せを願うための嘘」という形で昇華された。「嘘」とは何なのか、そして私たちは誰のために、何のために嘘をつくのか。まさに本作らしい優しい締めくくりとなった『嘘解きレトリック』(フジテレビ系)最終話。 【写真】黒いハットを被った青木麗子と名乗る女性(加藤小夏) 稲荷の清掃を終えて事務所に戻った左右馬(鈴鹿央士)と鹿乃子(松本穂香)は、玄関先で一人の女性と出くわす。女性は、行き場を失い困窮していた際、事務所の大家と偶然出会い、一時的な住まいとして事務所を使わせてもらえることになったのだと説明した。嘘を見抜く特殊な能力を持つ鹿乃子の耳には、その言葉に偽りは感じられなかった。 難色を示す左右馬に、女性は大家からの手紙を差し出す。「彼女を泊めることで滞納家賃を帳消しにする」という破格の条件に、もちろん左右馬は態度を変える。こうして、探偵事務所では、青木麗子(加藤小夏)と名乗る謎の美しい女性を一時的な同居人として迎えることになった。 その夜、常連の居酒屋『くら田』に3人で足を運ぶと、店主の六平(今野浩喜)は麗子の艶やかな容姿に心を奪われ、たちまち酒を交わし始める。しかし、その会話に耳を傾けていた鹿乃子は、麗子が語る自身の境遇に違和感を覚える。彼女の言葉の端々に、確かな嘘が混じっていたのだ。 そして左右馬もまた、麗子の冬用手袋に施された鈴蘭の刺繍に違和感を覚えていた。「鈴蘭って、夏の花だよね?」その問いに、鹿乃子は即座に梅雨前に咲く花だと答える。 「青木麗子という名前、ウソですよね?」直球の問いかけにも麗子は涼しい表情を崩さず、「本当の私は誰にも秘密」と余裕を持って返す。自身の素性を偽りで塗り固めることを、むしろ楽しんでいるかのように。鹿乃子は麗子との会話を重ねていく中で、ある推理に至る。彼女は失恋をきっかけに、衝動的に家を飛び出してきたのではないか。 そして麗子もまた、鹿乃子の“ある気持ち”に気がついていた。「鹿乃子ちゃんは先生のことが好きなのね?」突然の問いに、鹿乃子は自分の心と向き合う。たとえ左右馬が結婚したとしても、変わらず助手として傍らにいたい。そんな鹿乃子の思いは揺るがない。 事態の解明へと動き出した左右馬たちは、麗子を探し求める人物と対面する。そこで明かされた衝撃の真実……青木麗子と名乗る女性の本当の名は「蘭子」だった。蘭子は、由緒ある槇原家で住み込みの女中として働いていた。その中で、令嬢の槇原鈴乃(兼光ほのか)と深い絆で結ばれていく。年齢も近く、主従の関係を超えて、まるで姉妹のような親密さで日々を過ごしていた。 そんな穏やかな日々は、鈴乃と鈴村柾(福山翔大)との縁談で大きく動き出す。テーラーの息子である柾との結婚話に、蘭子は表向き祝福の言葉を送りながらも、ある日突然、姿を消してしまう。それ以来、鈴乃は親友の失踪を案じ、必死の思いで捜し続けていたのだった。 しかし、鋭い観察眼を持つ左右馬は、蘭子の心の奥底に秘められた本当の想いを見抜いていた。蘭子の胸の内には、柾ではなく、鈴乃への切ない恋心が息づいていたのだ。性別も、身分も超えて、密やかに育まれた想い。その想いゆえに、親友の幸せを純粋に喜べない自分を責め、嫉妬に苛まれる自分を憎んだ蘭子は、誰にも告げることなく鈴乃の前から姿を消すことを選んだのだった。 主人公・鹿乃子の目を通して、私たちに「嘘」の新しい価値を教えてくれた『嘘解きレトリック』。そこには醜い嘘もあれば、慈愛に満ちた嘘もある。時に人を傷つけ、時に人を救う「嘘」との数々の出会いが、毎回の物語を深い余韻とともに彩っていった。 本作の真髄は、回を重ねるごとに「嘘とは何か?」という問いが、まるで万華鏡のように、より深く、より美しく展開していったところにある。大切な人を想うがゆえの嘘、自分の本心を隠すための嘘。嘘は必ずしも否定されるべきものではなく、時として人の心を、そして愛を守るものにもなり得るのだ。 最終話で鹿乃子もまた、自身の「嘘」と向き合うことになる。左右馬の傍らで「助手として」在り続けたいという思い。しかし、それは彼女の本心の一部でしかなかった。より深い、より切実な感情が、確かに心の奥底で息づいている――その気づきは、鹿乃子にとっても大きな一歩だったに違いない。 月曜の夜に届けられたこの優しい物語は、「嘘」という行為に対する私たちの固定観念を、優しく、そっと解きほぐしてくれた。時として、嘘をつくことでしか守れない、かけがえのない真実がある。 そして数々の「嘘」が描かれた本作の中には、揺るがない真実もあったように思う。無邪気な笑顔の中に繊細な演技力を秘めた松本穂香と、飄々とした佇まいの奥に温かな人間味を宿した鈴鹿央士。探偵と助手を演じた2人の愛らしさだけは、最後まで嘘のない“本物”だったのではないだろうか。
すなくじら