鉄道会社「正当なクレーム」と「カスハラ」の線引きに苦慮 鉄道好き弁護士に聞く境界線
鉄道好きで、『鉄道好きのための法律入門』の著書もある小島好己(よしき)弁護士によれば、正当なクレームは「主張する内容に正当な根拠があり、方法も合理的なもの」と説明する。例えば、駅係員の案内が間違っていて遠回りしてしまったことで、本来なら乗れる列車に乗れず以後の案内の改善を求めた場合などだ。 ■正当な根拠がない主張、過大で非合理的な方法 一方、カスハラは「主張する内容に正当な根拠がなく、主張の方法が過大であったり合理的でないもの」(小島弁護士)。例えば、幼児を連れて自由席特急券で乗車した客が、自由席が混んでいることを理由に差額無しでグリーン車利用を求め、係員に断られても執拗に食い下がったり、「子どもがかわいそうと思わないのか」という主張をしてきたりする場合だという。 行き過ぎたカスハラは犯罪だ。罪を問われる場合と問われない場合の「境界線(線引き)」はどこにあるのか。 小島弁護士は「端的に犯罪の構成要件に該当するかどうか」と指摘する。 無理難題を言って対応してもらえなかったことに対し「チッ」と舌打ちして睨みつけたり、「なんだよ」「二度と乗るかよ」など捨て台詞を吐くのはカスハラに該当する余地がある。だが、これを罰する規定が用意されていない。 「しかし、舌打ちにとどまらず、殴った場合は『暴行罪』。『お前使えねえな、バカヤロー』などと言った時は『侮辱罪』に問われ、『駅に火つけてやるぞコノヤロー』などと言った際は『脅迫罪』に当たる。暴言を吐いたり、大声を上げいつまでも執拗に食い下がり正当な業務の遂行を妨害した時は、『威力業務妨害罪』になります」(小島弁護士) では、実際にどのようなケースが罪に問われるのか、国交省が公表したカスハラ・暴力の事例から見てみよう。
【事例1】 20代の客が自動改札のエラー音がするのに突破しようとしたので声がけしたところ、一方的に「土下座しろ」等と威圧的な言動を繰り返した──。 小島弁護士が解説する。 「『土下座しろ』と怒鳴っているだけでは犯罪は成立しないと思いますが、威圧的に繰り返し業務を妨害した場合は『威力業務妨害罪』になり得る。その際は、刑法第234条で、3年以下の懲役、または50万円以下の罰金が科せられます」 【事例2】 駅長事務室で、30代の客の遺失物の問い合わせに必要事項を聴取したところ、ほぼ「覚えていない」と言われた上、勝手に個人情報を書き「これで探せ」と催促し、「遅い、早くしろ」「能無し」「死ね」等の暴言を受けた──。 「このケースでは、『遅い、早くしろ』までは必ずしも犯罪には当たらないと思いますが、『能無し』『死ね』などの暴言になると侮辱罪(刑法第231条・1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金、拘留、科料)が考えられます」(小島弁護士) もっとも、鉄道会社も理不尽な客に黙っていたわけではない。 JR東日本は今年4月、暴行や威圧的な言動などをカスハラに該当する行為と定義し、カスハラを行う乗客には、対応をせず、悪質と判断される場合は警察や弁護士に相談するなどとした対処方針を定めた。 「弊社の駅係員・乗務員ならびにアテンダント等に対するカスタマーハラスメントにあたる迷惑行為が発生していることを受け、カスタマーハラスメントからグループで働く社員一人ひとりを守ることを目的として方針を公表することとした」(JR東日本) ■法的措置含め厳しく対応、従業員の人権を守る 続いて5月、JR西日本はカスハラに対する「基本方針」を定めたと発表。乗客から不当な言動や要求があった場合は、商品やサービスの提供を中止するほか、悪質なものについては法的措置も含め厳しく対応するとしている。 「すべてのステークホルダーの人権尊重の取り組み(人権デュー・ディリジェンス)を進めていく中、従業員の人権を守っていくことも重要であり、その中の大きなテーマとして『カスタマーハラスメント』に着目しています」(JR西日本) 9月には、JR北海道とJR九州がそれぞれ、カスハラに対する基本方針を正式発表。どちらもサービスの提供中止や法的措置を含め、厳正に対処する姿勢を示し、社員の働きやすさの確保につなげるとしている。