20年間で16回の北極行を経験した「北極冒険家・荻田泰永」が愛読 自然との向き合い方を知る文庫3冊(レビュー)
20年間で16回の北極行を経験した北極冒険家の荻田泰永さん。 2018年に日本人初の南極点無補給単独徒歩到着に成功するなど、過酷な自然と向き合う荻田さんが愛読する3冊とは?
荻田泰永・評「冒険家が考える三つの自然との向き合い方」
冒険家と名乗っていると、強固な意思であらゆる困難に立ち向かっている、などと誤解される。 私が赴く北極や南極は確かに困難に満ち溢れている。しかし、人間の意思は自然には到底敵わない。私たち冒険者は、あくまでも、自然の動きに即して調和する必要がある。圧倒的な自然に対して、様々な形で向き合った三冊を選んだ。
『無人島に生きる十六人』は、明治時代のサバイバルノンフィクション。南太平洋の珊瑚礁で座礁した日本の帆船には、十六人の男たちが乗っていた。珊瑚礁の小島では井戸も掘れず、食べられそうな植物もない。そこから十六人の創意工夫のサバイバル生活が始まる。 遭難記、漂流記と呼ばれる読み物だが、本書は子供たちにも読めるように平易に書かれ、豊かな文章で明るさすら感じられる。人間の強さ、自然に対する無力さ、仲間の大切さ、創意工夫の楽しさ、たくさんの要素が詰まっている。 遠い地で故郷を想い、美しい日没に感動する男たち。なんだか、漂流も悪くないな、なんて勘違いしてしまう感動作だ。
沢木耕太郎が日本を代表する登山家、山野井泰史を取材して書き上げた『凍』は、山岳ノンフィクションの傑作。 2002年、山野井は登山家の妻と二人、ヒマラヤの高峰ギャチュンカン登頂に挑む。山頂直下で妻が体調不良を訴え、山野井は一人で登頂。引き返し妻と合流すると、いつまでも語り継がれるであろう「奇跡の生還劇」が始まる。 下山を試みる二人に襲いかかる度重なる雪崩、高所の低酸素による視力低下、凍傷、決死のビバーク、死の影が明確に二人に迫るが、二人は諦めない。ジリジリと息の詰まる描写はまるで、日本刀の刃先を渡るようだ。 山野井泰史の超人的な登攀能力、危機的状況への冷静な判断力は、冒険者として目を見張るものがある。 そして本書を名著たらしめているのが、沢木耕太郎がまるで山野井の横でその登攀全てを見て体験してきたかのような、圧倒的な臨場感だ。