【インタビュー】松本明慶(仏師・78歳)「人の心の中には仏と鬼が住んでいる。自分を誤魔化さず、鬼の如く専心したい」
「“ええもん”を見ることも必要。先人の技に納得せず、自分に問う」
──年齢を重ねても前だけを見る。 「次はもっとええもんを造ろう、というのが、私どもの工房の合言葉です。常に“ネクスト・ワン”ということですわ。1日前、1秒前の自分を超えよう、と」 ──そのために何が必要ですか。 「弟子たちを見ていてもそう思いますが、何よりも大事なのは、“仏像を彫ることが面白くてたまらない”という気持ちです。手先の器用さとか、そういうことではありません。わずかな時間も惜しんで、彫刻に向き合う構えがあれば、どこまでも伸びていきます」 ──技術だけが重要ではない、と。 「かつて野崎宗慶師から教えられたのが、室町時代の高僧、一休禅師の逸話です。ある時、一休禅師は、京から大坂まで木津川を船で下りました。船頭は禅師に気づき“偉い坊さんなら、俺に仏を見せてくれ”とふっかけた。すると禅師は“ならばこの船が着くまで、『仏来い』と呼び続けなさい”と命じたのです。大坂に着くと禅師は船頭に問いました。“仏は来たか?”。船頭はこう答えました。“来た!”」 ──何を伝えんとしているのでしょう。 「私もしばらく、意味が掴めませんでした。30歳の時に、師のご長男で彫刻家の野崎一良先生(京都市立芸術大学名誉教授)から、慶派を継いでくれないかという話がありました。以来、明慶を名乗るようになったのですが、その頃でしょうか。この口伝の意味は、どれだけ自分の仕事に打ち込んでいるか、自分に問えということではないかと気づいたのです。一心に向かえ、ということです。尽くした先に“ネクスト・ワン”の道が見えてくる。これでいいと思ったら先はない」 ──過去の自分に満足することがない。 「仏師に、これでいいだろう、という終わりはないんです。だから人生の終わりとか、人生の仕舞い方とか、そんなことを考えたこともありません。一刻も無駄にせず、いつでもその刹那 、刹那に精魂を傾けるだけ。死ぬ直前に“あかん、もったいない時間の使い方をした”と思いたくないですから。もうひとつ必要なのは、“ええもん”を見ること」 ──先人の作品を見る。 「工房で仏像修理を請け負うのも、先人の技を見ておきたいという理由からです。各地の秘仏もぎょうさん見に行きました。でもね、“すごい”で終わっちゃだめです。例えば、運慶・快慶の作品で有名なのは、東大寺(奈良県)南大門の金剛力士像ですが、下から見上げるとものすごい迫力です。ですが、部分を見ていくと、胸の筋肉などありえない造形も多い。見上げることを想定した造形でしょうが、自分ならこうは彫らないぞ、と思う部分もある。簡単に納得せず、自分ならどうするかと問うのも、一心に向かうことです」 ──終わりがありません。 「それでも自分自身や作品に満足する瞬間はあるんです。“ええもん”が彫りあがると、知らない間に涙が出てきよる。弟子の作品を見て、腕が上がったのがわかった時も、心が震えて泣けてくる。この瞬間があるからこそ、さらに先へと向かえるのでしょう」 松本明慶(まつもと・みょうけい) 昭和20年6月23日、京都府生まれ。運慶・快慶の流れを汲む慶派の継承者。これまで数千体の仏像を造り、数百体の国宝級の仏像を修復。17歳の時に独学で仏像彫刻を始め、19歳で京仏師・野崎宗慶に弟子入り。平成3年、「大佛師」の号を拝命。平成11年に世界最大級の木造大仏(総高18.5m)を11年の歳月をかけ完成。平成17年、京都に松本明慶佛像彫刻美術館を開館。作品集に『道』など。 ※この記事は『サライ』本誌2024年7月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。(取材・文/角山祥道 撮影/福森クニヒロ、吉場正和)
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