“手”が加わった贈り物を。
大人への道中、時に迷うことがあっても、慌てず騒がず諦めず。自分を見失うことなく着実に歩を進めるべく、携えてほしい一冊がある。それは、昭和を代表する時代小説家、池波正太郎が残した『男の作法』。身だしなみ、食、女性、家……。1981年、58歳の池波センセイが自身の来し方より導き出した、微に入り細を穿つ“大人の男のあり方”は今もなお、僕らの心に響く。 優等生を目指す必要はないけれど、意識するところから、大人への道は始まる。
『男の作法』より
緒形拳が風呂の手桶を贈ってくれるんだよね、毎年、ぼくのところに。あれも考えるんだね(笑)。一年ぐらいたつとタガがはずれたり、腐ってきたり、変になってくるわけだ。それで緒形も風呂桶がいいと思うんでしょう。
“シェア”する心を贈り物に。
いままで贈った贈り物に、人がどれだけ喜んでくれたかどうかは、当の本人ではないのでわからない。でも、もらったもので、嬉しかったり、ドキリとしたものは覚えている。池波センセイも贈り物は難しいと話すが、ネクタイについては、「締める当人が自分で選ぶべき」としつつも、「その人が一生懸命選んでくれたんだなあと思うとやっぱりうれしい」とも語る。そんなセンセイの印象に深く残っているのが、“緒形拳の風呂の手桶”。この贈り物は考えさせられる。風呂桶かあ。こんな発想を持ち合わせているのは、やっぱりマイクさんの他に思いつかない。
「ボクのいま一番の贈り物は自家製のライムシロップ。ライムを薄く切ってハチミツに漬けておくだけ。ライムもシロップもおいしいよ。ラベルを貼ってレシピも書いたりね。でも、これを思いついたのはスイスの友人から、彼が育てているハチのハチミツをもらったことがきっかけなんだ。とても野性的な味だよ。最近贈ったものは、食に興味がある知人に、梨3種をプレゼント。微妙な味の違いの“体験”も悪くないかなって。逆に、友人が読んで面白かった本をそのままくれたのには少し驚いたけど、“感覚のシェア”って意味ではいいものだよね。出合った瞬間にボクのことを思い出して骨董市で買ってきてくれた道具もそう。用途はわからないけど、たまに引き出しから出して何のために作られたかを考えているよ(笑)」