衆院選の“おまけ”にもならない? “形骸化”の指摘も 「最高裁判所裁判官の国民審査」はいるかいらないか
■罷免ゼロ 国民審査に意味はない? 「裁判官はめちゃくちゃ気にしている」と専門家 選挙と同じように、本来は国民の意思が反映されているはずの国民審査。当事者である裁判官にとっては重要な意味を持つものだと山崎教授は指摘します。 金沢大学人間社会研究域法学系・山崎友也教授「罷免されていないということは、それなりに国民の意向に沿う裁判官が選ばれてきたということかもしれない。だから、罷免された裁判官がいないことがただちに制度として何か間違っているというそういうことにもならないとは思うが、罷免されないまでも各裁判官は×印が自分にどれぐらいあるかということをめちゃくちゃ気にしているという指摘があり、やっぱり国民が最高裁裁判官を見ているのだという監視のもとにあると、プレッシャーを裁判官に感じさせる意味は十分発揮している」 ■「市役所前広場の集会の是非」石川県に関係した裁判にかかわった裁判官も 2017年5月、市民団体が護憲集会を開く目的で金沢市役所の庁舎前広場の使用許可を申請したところ、市は管理規則で定められた禁止行為に当たるとして使用を認めませんでした。 これを不服とした市民団体側が、憲法が保証する集会の自由を侵害しているとして金沢市を訴えた裁判は最高裁まで争われました。 最高裁は2023年2月の上告審で、金沢市の不許可は合憲であるとし市民団体側の敗訴が確定しましたが、この中で今回審査の対象になっている今崎幸彦氏(最高裁判所長官)は多数意見となる合憲との判断を示しています。 金沢大学人間社会研究域法学系・山崎友也教授「こういうケースがある、自分のところ地元でというのは、国民審査を見つめる良いきっかけなのかな。最高裁というととても縁遠いところだと思うが、自分に必ずしも関係ない事件の裁判でもいつ自分がそういう立場に置かれるかということを考えてみたときに、日本の司法の一番のトップを構成する人たちがどういう人たちなのかということは、少なくとも選挙のときぐらいはちょっと調べて考えてみる機会として活用してほしいなというふうに思う」
国民の代表、国会議員を選ぶ衆院選に比べどうしても影の薄い最高裁判所裁判官の国民審査ですが、一方では有権者が裁判について深く知る、考える好機ととらえることができる制度ともいえるのではないでしょうか。
北陸放送