異次元緩和の出口に待ち受ける「途方もない困難」 植田日銀は「永遠の金融緩和」への圧力に耐えきれるか
「永遠の金融緩和」の罠
では、日銀は今後どのような金融政策の方針で臨むことになるだろうか。日銀は、7月に0.25%への利上げを決定した際の公表文で、「政策金利の変更後も、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持される」としつつ、「今回の『展望レポート』で示した経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている」とした。 急激な金利変更がもたらす市場の過度の反動は避けつつ、経済・物価情勢が改善を続ければ、金融正常化への歩みを着実に進めたいとの意思表明だろう。 もっとも、日銀の見通しどおりに経済が進むとは限らない。異次元緩和が長く続けられ、かつ、オーバーシュート型運営として異次元緩和解除のタイミングを遅らせてきたために、リスクが表面化した際の影響は甚大になる可能性がある。 一つのリスクは、現時点では可能性は低いが、物価の上昇圧力が高まり、インフレを十分に抑えられなくなるリスクである。今回の世界的な物価高騰の局面では、米国は金融政策の転換が遅れた。その結果、物価と賃金の悪循環が生まれ、その後の急激な利上げを余儀なくされた。日本も、長きにわたる異次元緩和のもとで多額の資金供給と超低金利が続いてきただけに、このリスクも完全には否定できない。 もう一つのリスクは、金融の正常化を進めようとしても、短期金利の引き上げ頻度が限られてしまう可能性だ。物価2%が定着すれば、将来的には、長期金利は3%近くになるのが自然であるし、これに見合う短期金利は2%程度まで上がっておかしくない。 しかし、2024年夏の時点では、海外物価の上昇率はすでにピークを越えたとみられ、欧州ECBに続き米国FRBも近々利下げに転じると見込まれている。米国景気はソフトランディングがメインシナリオとなっているが、下方向のリスクもある。そうなれば、日本の景気への警戒感も高まるかもしれない。内外金利差の縮小で、為替相場が大幅な円高に向かうようなことがあれば、日銀が利上げを続けていくのは容易でないだろう。 こうした事態に陥るのは、異次元緩和が中途から採用したオーバーシュート型政策の結果でもある。オーバーシュート型の政策を採用したために、世界の経済・金融政策のサイクルと日銀の政策にズレが生じてしまった。この結果、短期金利の引き上げはせいぜい1%程度、場合によっては0.5%程度までしか行えないかもしれない。そうなれば、いわゆる「永遠の金融緩和」となりかねない。しかし、金融緩和は永遠に続けられるものではない。究極的には、実体経済の後退と物価の大幅上昇を招き、万一の場合には国への信認を低下させる危うい道である。 「まえがき」に記したように、2024年7月末の利上げ後、金融市場は円相場の急騰と株価の急落に見舞われた。日銀は、事態の収拾を図るため、追加利上げを慎重に考える姿勢を表明したが、これは「永遠の金融緩和」のリスクと背中合わせの関係にあるものだ。金融の正常化には、やはり途方もない困難が待ち受けている。 *本記事の抜粋元・山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)では、異次元緩和の成果を分析するとともに、歴史に残る野心的な経済実験の功罪を検証しています。2%の物価目標にこだわるあまり、本来、2年の期間限定だった副作用の強い金融政策を11年も続け、事実上の財政ファイナンスが行われた結果、日本の財政規律は失われ、日本銀行の財務はきわめて脆弱なものになりました。これから植田日銀は途方もない困難と痛みを伴う「出口」に歩みを進めることになります。異次元緩和という長きにわたる「宴」が終わったいま、私たちはどのようなツケを払うことになるのでしょうか。
山本 謙三
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