ミニサイズの時計トレンド、いよいよ本格化──「タンク ルイ カルティエ」にミニモデル登場!
カルティエは、11月にタンク ルイ カルティエのミニウォッチを発売した。ジェンダーの枠を超えて着用できるミニウォッチ群のトレンドを時計ジャーナリストの広田雅将はどう見る? 【写真を見る】アイコンコレクションにミニモデルが充実!
極端なミニウォッチの出現
2024年の意外な驚きは、ミニモデルの復権だった。といっても女性用についでではない。男性でさえも極端に小さなモデル、そういって差し支えなければ、5年前は誰も見向きもしなかったミニモデルを身に付けるようになったことだ。 2024年の春、筆者はルイ・ヴィトンの時計部門を率いるジャン・アルノーと会った。LVMHグループの御曹司である彼は、実のところかなりの時計オタクだ。「この時計どう思う」と言って見せてくれたのは、かつてダニエル・ロートが製作した、当時としても極めて小さな女性用の手巻き時計だった。かの時計師がこんなフェミニンな時計を作っていたのは意外だったし、時計業界のトレンドセッターとなったアルノーが、嬉々として女性用の時計を着けていたのは一層の驚きだった。 その後の「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2024」ではさらに驚かされた。カルティエは「タンク ルイ カルティエ」「タンク アメリカン」といったアイコンコレクションからミニモデルを発表。女性用のバリエーションが増えたのかと思ったところ、なんと男性も着けているではないか。サイズに寛容なカルティエは、しかし小さなモデルだけは女性向けという方針を貫いていた。ゲームをする男性の手に巻かれたミニサイズのタンク ルイとアメリカンは、そんなカルティエでさえもミニウォッチという潮流を無視できなくなった証だった。 2000年代以降、機械式時計のサイズは大きくなる一方だった。そもそもの理由は、搭載するムーブメントのサイズに制約があったため。直径30mmのクロノグラフムーブメントであるETA7750を、直径35mmのケースに収めるのは不可能だったのである。続いては、工作機械の進化だ。ケースやブレスレットをより精密に加工できるようになった結果、機械式時計の見栄えは明らかに良くなった。かつてあるメーカーの経営者はこう語った。「サイズの大きい方が一層見栄えがする」。女性が大きな時計を好むようになったのも大きい。社会で活躍する女性たちにとって、今までの女性用時計は、時間を見るには小さすぎたのである。 ところが際限のないサイズの拡大は落ち着き、この数年は小ぶりなモデルが注目されるようになった。自己顕示への反動という意見もあるし、重い時計が好まれなくなったから、と語る人もいる。そして2024年には、女性でさえ着けないようなミニウォッチが注目を集めるようになったのである。 この10年、スマートウォッチの普及により時計はいっそう装身具となった。その結果、時間を表示する機能よりも、アクセサリーとしての存在感や使い勝手が重要になったのである。古めかしいアンティークウォッチが注目を集め、各社が文字盤にユニークな色を盛り込み、ついにはブレスレットなミニモデルが出てきた理由だろう。大きくて目立つ時計に対する反動に見えるが、むしろアクセサリーとして進化してきた高級時計の究極系かもしれない。なにしろ、時間が十分読み取れなくても問題ないのだから。 そしてもうひとつの理由が、ジェンダーフリーだろう。以前筆者は、アメリカの時計コレクターとジェンダーの話をした。その際彼は、一部のアメリカ人は男らしいことを好む、だから小さな時計も着けづらいのだと漏らした。日本人である筆者にはピンとこないが、35mmの時計でさえ女っぽいという意見もあったそうだから、社会的な制約ははるかに大きかったのだろう。