「いつかババアばっか集めて、独立した村作ってやるから」光浦靖子が“靖子チルドレン”と目指す未来
カナダ・バンクーバーで“50歳の留学生”になった光浦靖子。この度刊行されたエッセイ『ようやくカナダに行きまして』では、カナダへ行ったものの思うように英語が上達せず「もう無理」になった日々を経て、「人と比べない」境地にたどりついた様子がありのまま書かれている。さて、これから光浦靖子はどこへ向かうのか? 【画像】「靖子チルドレン」について話す光浦靖子さん。
私にはこんなにできることがある
――できないことも受け入れる、そして人と比べない。 光浦 だって考えてみたら、人と比べて、私、できることいっぱいありますし。人と比べてもいいけど、できないところだけ比べるのはフェアじゃないと思って。私はこんなにできることがあるっていうのも、自分で認めてあげる。それをしないからおかしくなっちゃうんじゃないかな。 ――たしかに。できないことばっかり目についちゃう。 光浦 たぶんそういう文化や教育が背景にあって、みんなと同じじゃないとダメって小学校の時から叩き込まれて、みんなができることができないのは劣ってるからだと。それがうちらには染み込みすぎちゃってるんですよ。 ――バンクーバーは特に多国籍な町だと書かれていましたが、いろいろな国の方に会ってなおそう思われましたか。 光浦 そうですね。何かに怒るきっかけって相手の非常識に対してだったりすると思うんですけど、向こうの常識からしたら、こっちが非常識。何時何分に予約したのに、何時何分に来ないことに怒っても、向こうの常識からしたら、何時何分に来れるわけないでしょ、って。 ――なるほど。常識が違うんですね。 光浦 たとえばバスに並んでても、人との距離がそれぞれの国によって違う。私は人が近いと嫌なんで、 なるべく間隔は空けたいけど、とある国の人はすっごいぴったりに立つんです。彼らは常に複数でぎゅっとしてるから、不快なことをしてるとはこれっぽっちも思ってない。もうそこに目くじら立ててもきりがない。そう考えないと日本にいた時と同じになってパンクしちゃう、ネガティブなことばかりに目を向けてたら、負けちゃうって思いました。