「決めるのは患者さんかもしれません」キャリア38年現役医師が語る“名医”との出会い方の真意
誠実さと責任感は欠かせない
医者の勉強は、前に述べたように論文をたくさん読んだり、仲間とディスカッションしたりすることで深まっていきます。ですが、それだけではありません。 医者は、治療を通して患者さんから学ぶことが非常に多いのです。したがって、経験知の高い医者は患者さんから学ばせてもらったという思いがありますから、たいてい、患者さんに対して非常に謙虚です。だって、患者さんは師になるのですから。 そして、生涯学ぶ姿勢を貫くためには、患者さんに対して「誠実」であることと、「責任感」が強いことが重要な鍵になると思います。 「誠実」というのは、真摯に患者さんに向き合い、自分のすべての能力を振り絞って病気を治していくこと、そして患者さんの気持ちのそばに行って、その心を支えることです。そこに噓偽りがあってはいけないし、謙虚でなければ患者さんにも病気にも向かい合うことはできません。 「責任感」というのは、妥協しない気持ちです。闘病が長くなり、思った通りの治療経過を取らないと、患者さんは当然つらい思いをしますが、医師もつらい思いをします。心の中で梁のようなものが揺らぎそうになります。そういうときに、決して弛まず、強い心で治療を続けるのが責任感です。手術でも同じです。12時間を超える長い手術になると、細かい部分で集中力が緩みそうになります。ですが、そこで集中力をもう一度持ち上げる、そういうことが責任感です。 これはどんな職業でも同じですよね。医療とは患者さんと医者という、人と人との関係で成り立っていますから、医者が患者さんに接するときは誠実である必要があるのです。
人類への奉仕に自分の人生を捧げる
でも実は、医師というのは少し特殊な仕事なんです。「プロフェッション」という言葉を聞いたことはありますか? これは西欧の言葉で、宗教家・弁護士・医師の三つを指します。「人のために尽くすように天地神明に誓うことが求められる専門職」をいいます。 つまり、医師は、神の前で告白する・誓う人なのです。だからといって、医者が偉いわけではありません。逆です。この誓いのもとに働かなくてはいけないのです。 ジュネーブ宣言という医師の倫理規定を定めた13条からなる宣言があります。その第1条にこう書いてあります。 「私は、人類への奉仕に自分の人生を捧げることを厳粛に誓う」 これはプロフェッションの定義ともつながっていると思います。私は診察室の正面にジュネーブ宣言を印刷した紙を貼り出しています。たとえ開業医であっても、人へ尽くそうという思いを決して忘れないようにしようと自分で誓っているのです(逆に言えば、すぐに忘れそうになる)。 ですから最終的には名医の定義は「人間性」に行き着くのだと思います。