両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.16
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
瞑想の間
師範会での出会いから数日後、山本は日本館総本部を訪ねた。 その施設は4000坪余の敷地の中に160畳敷の合気道道場、120席の日本田舎風レストラン、広い本格的日本庭園そして日本伝統民具展示室があった。本部事務所には受付と経理・総務スタッフが執務する15畳程度のスペースと、その奥に館長室があった。館長室と言っても4畳半ほどの狭い部屋である。事務机と3人掛ソファが置かれているその部屋には、足の踏み場もないほどのチベット仏教の仏具が無造作に置かれ、壁にはチベット仏教の曼荼羅や仏像が飾られている。 「クローゼットに押し込んでおくわけにもいかないし、いつの間にかこうなってしまってね。これじゃ怪しげな宗教団体と誤解されても仕方がないね。弟子達は『瞑想の間』なんて言っています」 けれど、その瞑想の間の主は、くたびれた地味なジャージ姿でサンダルをペタペタ鳴らして歩く、どこから見ても中年のただのおじさんなのだ。
最高の家具
本間は、その部屋のソファを寝床として毎日を送っていると言った。山本が部屋の一角に置かれた長方形の木箱に目を留めると、秋田訛りの言葉で話し始める。 「世界で一番使い勝手の良い家具は棺桶ですね。気の利いた布をかければ長椅子になるし、中は収納スペース。またテーブルカバーをかければゆとりの4人用テーブルです。 地震がきたら中に避難できるし、寒い時は毛布を多めに入れて蓋をし、中で寝ればいい。いよいよダメかと思ったら白いものを着て中に入り、お迎えが来るのを待てばいい」 そんな事を秋田訛りの言葉で楽しそうに話すのである。 山本は一種異様な雰囲気を醸し出す、その「瞑想の間」に通い詰め、驚くべき本間の人生を聞き取った。その記録の一部を紐解いていこう。