考察『光る君へ』16話 『枕草子』づくしの華やかな宮廷サロンの影、都には「疫神が通るぞ」…極楽に清少納言、地獄に紫式部
大河ドラマ『光る君へ』 (NHK/日曜夜8:00~)。舞台は平安時代、主人公は『源氏物語」の作者・紫式部。1000年前を生きた女性の手によって光る君=光源氏の物語はどう紡がれていったのか。16話「華の影」は、華やかな中宮定子(高畑充希)の宮廷サロンと、疫病の蔓延する都の悲惨さが対照的に描かれます。ドラマを愛するつぶやき人・ぬえさんと、絵師・南天さんが各話を毎週考察する大好評連載16回です。
なにを書き始めたの?
「『蜻蛉日記』の話のとき、私をのけものにしたでしょう!」 さわ(野村麻純)のこの憤りは、道綱(上地雄介)に人違いされた上に拒絶された八つ当たりではあるのだが、まひろ(吉高由里子)が土御門殿姫君サロンでも、自分の好きな作品語りを暴走させて周りを置いてけぼりにしがちだったことを思い出した。姫君サロンは倫子(黒木華)の制御が利いた場であり、まひろも上手く抑えられていたのだ。 「私は家ではどうでもいい子で、石山寺でもどうでもいい女だった」 「これ以上、私をみじめにさせないでください」 さわはあっけらかんとしているようで、自分は要らない存在なのではと悩んでいたのか……彼女の傷は深い。仲良しの友達との、せっかくの楽しいふたり旅だったのにねえ……さわもまひろも可哀想に。今回のことは、道綱が全部悪い。 「私は日記を書くことで、己の悲しみを救いました」 『蜻蛉日記』作者・藤原道綱母、寧子(財前直見)の言葉を思い出しながら墨をする、まひろ。なにを書き始めたの………? と身を乗り出したら、さわへの手紙だった。一瞬、紫式部日記!? 現存していない部分の? と思ってしまった。ああ、でも、さわが受け取っても受け取らなくても綴られるその手紙は、日記と同じく、書くことで己が癒されるものだ。 そしてこの手紙は、いずれ『紫式部集』に繋がってゆくのかもしれない。
『枕草子』づくし
中宮定子(高畑充希)のいる登華殿の場面は『枕草子』づくしだった。 伊周(三浦翔平)の装束は桜の直衣。当時細い絹糸で織りあげた着物は薄く、裏地が透けるために、貴族たちは表裏で違う色を重ねて調和を楽しんだ。桜とは、表は白・裏は赤、あるいは紫を重ねた衣服を指す。これは『枕草子』第二十段「大納言殿(伊周)、桜の直衣の少しなよらかなるに濃き紫の固紋の指貫、白き御衣ども、上には濃き綾のいとあざやかなるを出して参り給へり」。この一節を思い出す。 隆家(竜星涼)が、帝(塩野瑛久)の御前で緊張する行成(渡辺大知)を鼻で笑う。たった1秒で、彼は帝の御前で緊張する必要がないほど普段から接していること、そして鼻持ちならない驕りが感じられ、見事だった。竜星涼、うまいなあ。 行成が古今和歌集の写しを献上、斉信(金田哲)が越前の鏡を献上。 藤原行成の筆による古今和歌集の写本(曼珠院本)は現在国宝に指定され、京都国立博物館に寄託されている。 伊周が「斉信殿はおなごへの贈り物に慣れておられるのやも」と語りかけているのに、清少納言(ファーストサマーウイカ)が意味ありげに口角を上げるのも『枕草子』づくしのひとつかもしれない。 中宮定子が「少納言。香炉峰の雪はいかがであろうか」と声をかける。香炉峰の雪! まさにこれは平安文学ファンが待ち望んだ、名場面である。 「少納言よ。香炉峰いかならむ」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。(『枕草子』第二百八十四段) これは、中宮定子のサロンにおいて、定子と女房たちの、女性ばかりの席でのできごと。 白楽天(白居易)の漢詩『香炉峰下新卜山居(こうろほうかあらたにさんきょをぼくす)』の一節、 「遺愛寺の鐘は枕にそばだちて聴き 香炉峰の雪は簾を掲げて看る」 を踏まえて、中宮定子が清少納言に問いかけ、それを即座に理解し、応じたというものだ。 雪はどうであろうか、と問われたら「積もっております」「やんでおります」などと答えるかもしれない。しかし「香炉峰」と仰ったのだから、御簾を掲げて見せたのだ。 後宮での日々の中で、こうした教養と機知に富んだやり取りができて、中宮はさぞ楽しい時間を過ごしただろう。 さてドラマでは、ちらっと映った、豪華な青磁の壺に白梅の花を活けたものは、これも『枕草子』の第二十段「高欄のもとに、青き瓶の大きなるを据えて、桜のいみじうおもしろき枝の五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば……」の一節を思い起こさせるし、ずらりと並んだ果物、お菓子。豪奢を極めた後宮の素晴らしさが描かれたが、第15話で道長(柄本佑)が関白・道隆(井浦新)に「公の財を以て、中宮さまとその女房たちの装束、きらびやかな調度をたびたび誂えるのはいかがなものか」と物申していたので、これらすべて、財政を圧迫してまで作られた室礼(しつらい)なのだと、心がすっと暗くなる。