人事が知っておきたい「地政学」と「経済安全保障」 リスクコンサルティングの専門家が解説
国際情勢や世界経済の先行きは不透明性を増す一方。ビジョン・戦略を実現し、事業を安定して拡大していくために、企業には常に世界へアンテナを向けて情勢を理解することが求められます。それは日本国内を中心に事業展開する企業にとっても、また「人」「組織」の分野で経営戦略に関与する人事担当者にとっても例外ではありません。 こうした状況下で、近年多くのビジネスパーソンから注目されているのが「地政学」の知識です。地政学リスクや経済安全保障の観点からリスクマネジメントを支援する東京海上ディーアール株式会社の川口貴久さんは、「日本企業も地政学リスクへの関心をさらに高め、必要な対策を施すべき」と言います。 地政学は現代のビジネスにどのように関わってくるのか。そして人事は世界の動きをどのように読み解いて実務に生かすべきなのか。そのポイントを聞きました。
世の中の緊張やリスクが高まると注目される「地政学リスク」
――地政学とは、どのような領域を追求する学問なのでしょうか。 地政学を端的に説明するならば、国際情勢や国家の意思決定を理解するために地理の要素を重視する考え方だと言えるでしょう。 国家の戦略は、その国が置かれている地理的条件によって大きく影響されます。地政学でよく使われる概念に、「シーパワー」や「ランドパワー」があります。シーパワーは日本やイギリスのように、国境線の大部分が海に面している海洋国家を指します。対してランドパワーは、中国やロシアのように国境線の大部分が他国と陸続きになっている大陸国家の戦略を論じる際に使われます。 ――近年ではリスクマネジメントの観点から、地政学が多くのビジネスパーソンの注目を集めています。 最近では地政学が一種のブームになっていますね。その背景は、ウクライナ情勢や台湾情勢、中東情勢などへの関心が高まっていることです。さかのぼれば、世界情勢が変化するさまざまな局面で地政学は注目を集めてきました。 2002年にはFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)のアラン・グリーンスパン議長(当時)が、世界経済の停滞や不確実性を「地政学リスクによるものだ」と発言しました。前年に起きたアメリカ同時多発テロ事件を受けて、アメリカがイラクを攻撃するかもしれないと懸念されていた時期でした。その後、この懸念は現実のものとなりました。 近年の例を見ても、2016年に起きたイギリスのEU離脱や、トランプ候補のアメリカ大統領選勝利など、大方の予想を覆す情勢変化が生じた際に地政学が注目されています。世の中の緊張や想定外の発生に応じてフォーカスされるのが地政学リスクであるとも言えるでしょう。 ただし、地政学には国が置かれた地理的な条件を重視するがゆえの決定論的な側面があることも認識しておくべきです。国家間の緊張や地域紛争などの実際のリスクにはさまざまな要因が絡んでおり、地理的な条件のみで分析することはできません。前述の「シーパワー」「ランドパワー」は大局的・中長期的にみれば有効な切り口かもしれませんが、複雑な現実を分析するのは不十分でしょう。あくまでも「国際情勢を読み解く一つの要素」として地政学を活用するべきだと私は考えています。 ――同様に近年では「経済安全保障」も注目を集めています。 政治的な目的のために経済的な手段を使うことを意味する「経済安全保障」も、近年の国際情勢を捉える上では重要な要素です。 日本国内の動きとしては、2022年に[[「経済安全保障推進法」(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)>https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/]]が成立しました。政府はこの法律の成立について「国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大している」と述べています。経済安全保障推進法は企業に対する「支援」と「規制」の両面にアプローチする、世界でも類を見ない法制です。ただし、経済安全保障推進法は経済安全保障の全てではなく、企業が対応すべき課題を網羅している訳ではありません。