『宇宙からの脱出』精緻な考証に基づいた傑作SFサスペンス(後編)
演出と音楽
この救命艇X-RVの打ち上げシーンでは、ミッションコントロールのクルーも報道陣も、一斉に「GO! GO! GO!」と叫び続ける。本作ではクールに徹しているジョン・スタージェス監督(*2)の演出の中で、唯一と言っていいほど胸が熱くなる場面だ。そもそも60年代末から70年代前半のSF映画は、『2001年宇宙の旅』(68)の影響からなのか、感情描写を抑えた演出が目立つ。 また、それに輪を掛けているのが音楽だ。やはり同年代の『地球爆破作戦』(70)の音楽を担当したミシェル・コロンビエや、『アンドロメダ…』(71)のギル・メレにも共通するが、様々なマシンから発せられる電子音や機械動作音を収録し、それらを楽音と組み合わせて加工する、ミュージック・コンクレート(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88)(*3)の手法を使用している。本作を手掛けたエルマー・バーンスタイン(*4)は、特に過激な方法を用いたため、ほとんど効果音なのか音楽なのか、区別ができない曲に仕上げている。 (*2)代表作は『荒野の七人』(60)や『大脱走』(63)といった西部劇やアクション映画であり、SF映画は本作のみ。 (*3)スタンリー・キューブリック自身は、ミュジーク・コンクレートをひどく嫌っていた。 (*4)『荒野の七人』『大脱走』の他、『ビッグトレイル』(65)や『マックQ』(74)など、スタージェス監督と組むことも多い作曲家。
あらすじ⑤
キースはプルエット船長(リチャード・クレンナ)に、X-RVが無事軌道に乗ったことと、彼らが搭乗するアイアンマンとのランデブー時間が55分後だと知らせる。だが船内の酸素は、後10分で尽きてしまう。プルエットは、どんなに酸素を節約したとしても、3名全員が助かることはないと悟る。キースは「君たちで考えろ」と、直接的な命令を避けた。 船内に重苦しい雰囲気が漂う中、ロイド(ジーン・ハックマン)が「1人抜ける必要があるってことだろ」と口火を切る。だが誰を犠牲者に選ぶか、その方法がなかなか決まらない。ストーン(ジェームズ・フランシスカス)は、「鎮静剤の量を増やすことで酸素の消費を減らし、何とか生き延びられるのでは」と提案するが、プルエットは「それでは十分に酸素を節約できない」と答える。 プルエットは、2人にヘルメットの着用を命じ、「自分は船外に出て修理を試みる」と言い、ハッチを開けて出て行く。ロイドは「彼ならきっと直せる」と言うが、ストーンはプルエットの真の気持ちを察していた。気付いたロイドは、慌ててプルエットを助けに行こうとするが、ストーンが制する。そして2人が見ている前で、プルエットは宇宙服の空気を抜いてしまった。急速に意識を失った彼は、アイアンマンから漂い去って行く。 ミッションコントロールで作業の進展を見守っていたプルエットの妻セリア(リー・グラント)は、別室に呼ばれて電話に出る。相手はキースで、「御主人が事故で亡くなられた」と告げた。 X-RVは後6分の所まで接近していたが、ロイドが異常行動をし始めたため、仕方なくストーンは自分の宇宙服用の酸素を譲った。代わりにストーンはヘルメットを外し、船内にわずかに残った酸素で何とか呼吸する。彼も精神錯乱寸前で、何とか意識を安定させるために必死だった。 すると船窓から、ソ連の「ボスホート宇宙船」(*5)が接近してきたのが見え、中から出て来た飛行士(ビル・カウチ)が、ストーンたちにアイアンマンのハッチを開けろと合図する。だが、ハッチから噴き出したエアの反動で、ボスホートとアイアンマンの距離が離れてしまった。ストーンはロイドの身体を宇宙空間に送り出すが、目標からズレて漂ってしまう。 そこへようやくX-RVが到着すると、ソ連の飛行士がドハティにライトでロイドの位置を知らせる。ドハティは有人操縦ユニット「MMU」で救出に向かい、携帯式の酸素ボンベを渡す。その間に、ボスホートはアイアンマンに再接近し、ソ連の飛行士が船内に乗り込む。しかし宇宙服の規格が異なるため、酸素の供給ができない。だが、ストーンの意識がなくなる直前にドハティが間に合い、ヒューストンへ2人が無事である報告を入れ、X-RVとボスホートはそれぞれ帰還に向かう。 (*5)原作となったマーティン・ケイディンの小説の1964年版では、救助に来たソ連の宇宙船はボストークであり、映画の脚本に合わせて書き直された1969年版ではソユーズと描写されている。「ソユーズ1号」の初飛行は1967年であるため、本来ならばソユーズ宇宙船が救助に来るべきだ。だが映画では、ボストークとソユーズの中間の世代である、ボスホート宇宙船が登場する。あくまでも推測であるが、映画の美術スタッフが、ソユーズの詳しい資料を入手できなかったためではないだろうか。 また映画では、突然ボスホートが出現するように描かれているが、小説ではソ連側の動きもきちんと描写されており、複雑な計算を行ってアイアンマンに軌道を合わせていく様子が描かれている。この辺りの細かさは、さすが航空宇宙関係のスペシャリストであるケイディンらしい所だ。