連載『lit!』第123回:ビッグ・ショーン、Blu & Exile、ベイビーフェイス・レイ……内省表現やストーリー性で魅せるヒップホップ
夏は終わったと思ったが、10月に入っても暑い日がなくなることなく、自分も半袖Tシャツをいまだ手放せずにいる。四季の存在を疑ってしまうくらいだが……本稿では秋の夜長にふさわしいヒップホップの新作を紹介しよう。むしろ外に出るよりも、これらのアルバムを聴いた方が、ふさわしい温度感、季節感を感じることができるかもしれない。 【写真】ド派手な格好に身を包んだラッパー、フューチャー ビッグ・ショーン『Better Me Than You』 ビッグ・ショーンの4年ぶりの新作は内省的な色に染められている。もちろん、本人の硬派でありながら肩の力が抜けたモダンなブーンバップのスタイルは変わらないが、全体的にはどこか落ち着いていて、感情の奥に沈み込んでいくような場面も存在する。全21曲66分と長めの尺の中に確かに存在する瞑想的なエモーションは、時折現れる反響するようなメロディによって増幅されていると言えるかもしれない。例えばチャーリー・ウィルソンが参加した「Break The Cycle (feat. Charlie Wilson)」などに顕著なゴスペル成分。また、「On Up」でのJodeci「Get On Up」のサンプリングや、「Boundaries」でのクレオ・ソル「Know That You Are Loved」のサンプリングによる、内省に沈み込んでいくような感覚。これらのメロディは作品に緩やかさを与えながら、全体の統一感に貢献している。ビッグ・ショーンの流れるようなラップも魅力的な『Better Me Than You』は、鮮やかで今までになく冷静なムードを獲得することに成功したと言えるだろう。最終曲「Together Forever (feat. The Alchemist) [bonus]」における(今まで以上に華やかに鳴る)アルケミストの仕事が、作品に寄り添う様も必聴だ。 ベイビーフェイス・レイ『The Kid That Did』 ベイビーフェイス・レイはデトロイトのヒップホップシーンを盛り上げる中心的な存在でありながら、自らの作品となると、巧みに展開を作りつつ、アルバム作品としてドラマチックかつコンセプチュアルに仕上げてくるアーティストだ。彼の巧みなフロウで引っ張る前半から、エモーショナルな展開になだれ込んでいく後半のムードの切り替えは、『FACE』(2022年)などにあった、流れで聴かせるようなストーリーテリングが健在であることを証明する。まるで映画のように場面を切り替えていき、ベイビーフェイス・レイ自身の現在までの軌跡が作品の中に克明に刻まれている。特に、クライマックスを彩る「High Off Life」(Babyface Ray & Moxie Knox)や「Guardian Angel」(Babyface Ray, Rexx Life Raj & Samuel Shabazz)はこのアルバムのハイライトであり、全体の中でも一際爽やかなトラックが、彼のローテンションでスライミーな声質のラップと、美しくも異質な形で交わっている。殺伐としたハードな感覚とこういった展開を併せ持ち、絶妙に配置しているのが、優れたストーリーテラーであるベイビーフェイス・レイの魅力の一つだろう。 Blu & Exile『Love (the) Ominous World』 Blu & Exileの音楽は美しい瞬間が散りばめられる魔性のヒップホップである。聴き始めれば、その瞬間瞬間に魅了され、戻ってくることができなくなるほどに取り込まれる。4年ぶりの新作『Love (the) Ominous World』も引き込まれる仕上がりで、このコンビらしい内省的なブーンバップを洗練させている。例えば『Below The Heavens』(2007年)や『Miles』(2020年)のような過去の傑作を振り返ってみても顕著であるソウル、ジャズ、ゴスペルへの接続が、Bluの過去の記憶や感情の旅を彩っているが、Bluのラップと参加シンガーたちがストレートに溶け合う「Suga & Buttaz (feat. Rae Khalil & Ahmad Anwar)」や「Gold (feat. Nana & Ahmad Anwar)」、西海岸の香りを充満させる「Chucks (feat. KXNG Crooked & Kurupt)」など、アーティストたちのアンサンブルが一際魅力的な作品でもある。LAの アンダーグラウンドシーンでも確実に独自の世界観を紡いでいる彼らだが、カラーをぶれさせることなく毎回違う作品(例えば前作『Miles』が90分を超える長大な作品だったことを考えると本作はタイトにまとまっている)を生み出すところも、彼らの魅力だろう。