長谷川白紙が語る「身体と声」をめぐる実験、THE FIRST TAKE、ソニックマニアと未来の話
THE FIRST TAKE、ソニックマニアと未来の話
―未来の話もしてみましょう。長谷川さんは恐らく今後、より大きなバジェット(予算)での制作をされる機会もやってくるのではないかと思います。たとえばいま莫大な制作費が与えられたとして、長谷川さんはその時、制作において何をどのように変えますか? 長谷川:これは直近の出来事に影響を受けているんですが、制作においてミュージシャンの力を常に借りられて、かつその人が納得のいく対価を支払えるようにしたいと思います。でも、そのくらいしか思いつかないかもしれない。いまはラップトップ一つで制作が完結していますし、例えばすごく高価なビンテージのミキサーやエフェクターを導入したいかと言われると、そこまでは思わないかなと。これは私が、機材に対する知識があまりないからかもしれないですが。それよりは、常に稼働してもらえるミュージシャンがいらっしゃった方がありがたいです。 ―制作過程においてミュージシャンを動かせるとなると、それは長谷川さんの音楽制作の根幹を揺るがす、大きな変化となりますね。いまはもはや、ラップトップと長谷川さんの身体が同期しているような状態だと思うんです。 長谷川:そうですね。そもそも私はこれまでラップトップ以外で音楽を制作したことがほとんどないので、それ以外の感覚が分からない。 ―タッチパネルのなめらかさやキーボードの重さといった、ラップトップを操る際のそういった細かい感触すべてがそのまま長谷川さんの音楽には反映されているかのように思うんです。そこに楽器が入ってくるとなると、パラダイムシフトが起きるんじゃないかと。 長谷川:ただ、私はかなり構造的に音楽を捉えがちで、思弁が先にくるタイプの作家だと自覚しているので、もしかしたら……そこまでは大きく変わらない可能性もあるかもしれません。というのも、誰かに依頼する時に、もちろんその人のアイデアをたくさん聞きたいというのもある一方で、ストラクチャを自分から提示することもけっこう多いので、もしかするとあまり変わらない可能性があります。……全く別物になる可能性もありますが(笑)。 ―逆に、時間/予算/人手といったところで、制作環境における有限性がクリエイティブに良い効果をもたらしていると感じる瞬間もありますか? 長谷川:外から見た時にはそういった美点を見つけ出せることはあるかもしれないですが、単純に制作者として考えると、メリットを感じたことはほとんどない気がします。活動の最初期によく使っていて今でもたまに使う「BFD」というドラムの打ち込みのソフトウェアがあるんですが、それを打ち込んでいる時も、常に「生で録れたらそれが一番良かったのにな」と思っていた。ピアノも、生で録れた方が良いと思っていたこともある。もちろん後になって作品を聴いた時に、これは打ち込みじゃないとだめだったなと感じることはありますが、制作の渦中においてはそれに対してポジティブな評価を与えることは難しい。それは、私にとってのDAWが、シーケンサーとしての使い方だったというのが大きいと思います。最初からエレクトロニックミュージックを作ろうとしていたわけではなくて、どちらかというと生演奏の再現を自分一人でできるようになりたいと思っていたところが強かったので。 ―「THE FIRST TAKE」は非常にスリリングなパフォーマンスでした。長谷川さんにとって、バンドというものは特別な形態になっているんですね。 長谷川:私は、あれが人生において初合奏だったんですよ(笑)。もちろん楽器と合わせること自体はこれまでもありましたが、ある程度ストラクチャされた自分の曲を皆で一緒に演奏する体験はあれが初めてだった。 ―いかがでしたか? 長谷川:……ヤバかったですね(笑)。皆がこぞってバンドを組む理由がようやく分かった。 ―それぞれの演奏者に対して、何かディレクションはされたのでしょうか。 長谷川:そこまで細かいことはしていないんです。私が書いて皆さんにお渡しした譜面は、コードとリズムの基本的なパターンと、ブレイクの位置が記してあるもの。このパートはもう少しシンバルが前面に出た方がいいんじゃないか、ここは最初は8分の5で始めて後から4で割りましょうよとか、そういうことを言った記憶はあったんですが、書いてある譜面を全部緻密になぞってくださいということはほとんどしていなくて。これが一般的なのかは分かりませんが、大学で譜面上の作曲をまがりなりにも6年間専攻していた私にとっては、かなり大雑把なディレクションだったと思います。 ―ソニックマニアについては、どういった編成で臨まれるのでしょうか。 長谷川:最近やっている、ノンストップMIXの中で私が歌う形でいこうと思います。さらにそこに、鍵盤も加えます。私らしいライブになると思いますね。 ―ちなみに、ソニックマニアで楽しみにしているステージはありますか? 長谷川:アルカと言いたいんですけど、たぶん時間的に私観られないんですよね……。 ―えぇっ……! 長谷川:セットを組んだりする時間も考えるとたぶん難しいと思っていた方がよさそうです……。あとフェニックスもちょうど裏だから観ることができないですね。でもニア・アーカイヴスがどんなライブをするのかはすごく気になるし、千葉雄喜さんのショットライブも楽しみだし、この時間のceroも良さそうだし。このすばらしいラインナップに入らせてもらうことがすごく光栄でもあり、やってやるぞという気持ちもあります。 ―ちなみに、観られないということが分かっていながら恐縮ですが、長谷川さんにとってアルカの魅力とはどういった点でしょうか。 長谷川:話し出すとあと2時間くらいかかっちゃいそうですが(笑)。ライブやDJセットを映像で観ていて思うのは、本当に踊れる音楽なんですよね。アルカってともすれば先鋭的で実験的に思われがちで、それももちろん正しいんだけど、その裏で脈々と培われているリズムに対する観点がずっとブレない。だから、アルカのステージはそういった一般的な印象を良い意味で変えてくれる力があると思います。どういうリズムで踊るとどういう身体の動き方をするのかという点に対して、すごく新しい観点を準備してくれるアーティストですよね。絶対に観た方がいいし、その流れでぜひ長谷川白紙もよろしくお願いします(笑)。 ―最後の質問です。Brainfeederからリリースということもあり、これまで以上に海外でも聴かれている印象です。それによって、今後の創作にどんな影響が生まれそうでしょうか。恐らく、自身の土着性やルーツといったことについても分析されそうですよね。 長谷川:海外からの視点で音楽的な分析をする際に――例えば日本から見たブラジルという形でもよいですが――まず、対象を非常にエキゾチックなものとして固定的に捉えて、すべての音響がそこに由来するように権威的に分析するアプローチがあると思います。そう考えると少しだけ憂鬱ではありますね。そこで絶対に出てくるだろうなと予想されるのが「スクランブル交差点のような」という形容なんですけど(笑)。ただ、そういった解釈を意地でも拒否したいという気持ちも別になくて、そういった分析の先に、日本の現代のエレクトロニックミュージックにおける新たな観点が準備されるのであればそれはぜひとも知りたいポイントではあります。その点では、楽しみな気持ちもありますね。あと、私の音楽に宿る日本の土着的な性質とは何なのか、それは単純に気になります。もちろん日本の伝統音楽やJ-POPからの影響は無意識にしろ受けているだろうし、それを否定する気持ちもないんですけど、どういったところにそれを感じるのかというのはかなり興味があります。 ―安直なところで言うと、密度高く詰め込まれた音の情報量やスピード感というものが「スクランブル交差点」といったイメージと重なるということなのでしょう。ただ、実はもう少し本質的なところで納得できる部分もあるんです。長谷川さんの中に「中心」があるというよりは「関係性」によってそれができているようなところ。あるいは、何にでもなりたいけれど何者にもなりたくないとうつろいゆくアイデンティティを有しているところ。そういった特性は、どこか日本的と言えるのかもしれません。 長谷川:確かに、そう言われると日本的というのも納得できる気もします。これは長くなる話ですね。 ―はい、長くなる話ですし、もうちょっと色んな人の意見を聞いてみたいところです。今日はありがとうございました。 --- 長谷川白紙 『魔法学校』 発売中 SONICMANIA 2024年8月16日(金)幕張メッセ 開場:19:00/開演:20:30 ※長谷川白紙は23:05~PACIFIC STAGEに出演 HAKUSHI HASEGAWA First tour 2024 魔法学区 ゲスト:KID FRESINO(大阪、東京公演のみ) 2024年10月9日(水) 福岡 INSA 2024年10月11日(金)大阪 BIGCAT(Guest: KID FRESINO) 2024年10月18日(金)名古屋 JAMMIN’ 2024年10月21日(月)札幌 Sound lab mole 2024年10月25日(金)東京 LIQUIDROOM(Guest: KID FRESINO)
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