自衛隊のネパール派遣は遅い? 海外派遣に必要な手続きは
自衛隊は30日からカトマンズで活動
日本が緊急援助を行なう場合には、これら一般的な事情に加えて、まず、実情を調べるため調査チームを派遣し、その調査結果に基づき援助チーム本体を派遣するという手順を踏むために時間がかかることがよくありました。このような2段構えの方法は、実情に応じた適切な対応をする、たとえば必要とされる器具や医薬品をきちんとそろえた上で行動するという意味では合理的ですが、どうしても時間がかかりすぎるので、なんとか迅速に対応するため努力が重ねられてきました。 ネパールでの地震の際には、25日の午後10時前に日本政府はネパール政府からの援助要請を受領し、政府は同日中に外務省中心の援助隊の派遣を決定し、26日の夕刻に70人の救助チームがチャーター機で出発しました。非常に早い対応だったと思います。しかし、カトマンズ空港のキャパシティが小さいためバンコクで乗り換え、飛び立った商用機が機体の都合で引き返したこと、やっとカトマンズへついても空港の混雑(混乱に近かった)のため着陸許可が容易に得られなかったことなどの事情が重なり、救助隊がカトマンズ入りしたのは28日の昼前、活動を開始したのはその日の午後でした。 また、これに次ぐ医療チームの46人は28日に出発しました。 中国やインドなどネパールの隣国とは客観条件があまりにも違うので比較になりませんが、日本の対応は決して遅くなかったと思います。一部には日本の輸送体制に問題があるという意見もあるようですが、以前の2段構えの派遣と比べると格段の進歩です。 日本は事前調査をまったくしなくなったのではありません。今回は、最初の救助隊派遣と並行して外務・防衛両省の職員から成る調査チームを送り出していました。このようにできることから迅速に実施していくのは有効な方法です。 今回、自衛隊の部隊も派遣されました。自衛隊の場合はまず27日に「自衛隊行動命令」が発出され(派遣の決定に当たります)、医療援助隊と国際緊急援助空輸隊が編成され、医療援助隊の一部である初動対処部隊の約20人が30日からカトマンズで活動を始めました。 現在、カトマンズ市内では日本からの第二次派遣隊が複数の公園や避難所で医療を中心に活動を継続しており、現地の政府・国民から厚く感謝されています。