「ワリカン」文化の源流は500年前の“あの時代”…綿密な史料の裏付けで再現される中世ニッポンの世界とは(レビュー)
本書は日本中世史の研究者である著者が、室町時代の人々の世界を解説した歴史エッセイ集だ。かつて東洋史学者の内藤湖南は、応仁の乱以前の日本の歴史は「外国の歴史と同じ」と述べたという。この言葉通り、室町時代の文化を知ると、現代において「日本的」とされるイメージが、その頃に作られたものだと分かる。例えば、ムラやマチといった地縁共同体、一日に三度の食事、畳が敷かれた和室……。お会計での「ワリカン」の文化も室町時代に源流があるそうだ。 ただ、「日本的なイメージ」とはいうものの、本書に次々と登場する室町人の姿はどれも一筋縄ではいかないものばかり。500年前の日本で暮らす人々の営みは、とにもかくにも荒々しいのだ。 その大きな理由として挙げられるのが、中世が「自力救済」の世界であったこと。当時の政治権力は犯罪の取り締まりや裁判に後ろ向きで、人々は何があっても〈自力救済、つまり自分の権利は自力で回復する、という道を躊躇わずに選択していた〉。そのため室町社会の原則は「裁判より実力行使」、自ずと争いが絶えず、現代の視点からは想像を絶する珍事や悲喜劇が繰り広げられていたわけである。 著者は綿密な史料の裏付けとともに、彼らが実際に経験した出来事を臨場感たっぷりに再現。呪術観念と合理主義が矛盾なく共存する室町人の姿を、庶民の習俗から為政者の考えに至るまで、ありありと浮かび上がらせていく。 「現代」の様々なエピソードを入口に、縦横無尽に語られる中世の日本に生きた人々の世界。それを小気味よく描く筆致に触れていると、500年前の人々の精神性が、実は現代にも脈々と息づき続けているのだと感じられてくるから面白い。「歴史」を知る醍醐味を伝えようとする歴史学者の矜持が、確かに伝わってくる一冊でもあるだろう。 [レビュアー]稲泉連(ノンフィクションライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社