スリリングで知的興奮に満ちた多彩なエッセイを楽しむ。「ミステリを語る本」を語ろう(レビュー)
ミステリ小説を論ずることは、名探偵が披露する謎解きと同じくらいスリリングで知的興奮に満ちたものだ。小森収が編纂した『ミステリ=22』は読み巧者たちによる名推理もとい名論考を集めた、ミステリ評論・エッセイのアンソロジーである。二〇〇〇年に宝島社新書にて刊行された『ミステリよりおもしろい ベスト・ミステリ論18』の増補改訂版だ。 元版には収録されなかった文章のうち、特に注目なのが森下祐行による「『本格ミステリ冬の時代』はあったのか」である。松本清張の登場以降、いわゆる社会派推理小説が台頭し、本格謎解き小説が停滞していた時期があったという言説がある。だが、それを唯一無二の正しい歴史観として良いものなのか、と異議を唱えるのが森下の文章だ。ジャンル史を見直す上で重要かつ刺激的な論考である。また、丸谷才一による「なぜ戦争映画を見ないか」「社会派とは何か」は、社会派推理というサブジャンル自体が朧げなものだったのでは、ということを気付かせてくれる。多彩な書き手が多様な読みを披露することでジャンルの捉え方が変わり、小説の楽しみ方もより豊かなものになるのだ。
作家・評論家に限らず様々な才能を持つ文筆家がジャンルを語ることでミステリは発展してきた。編集者、翻訳者であり、戦後を代表する詩人のひとりでもある田村隆一が好例だろう。『ぼくのミステリ・マップ』(中公文庫)に収められている評論、エッセイを読むと、洒脱でウィットに富んだ言葉の中から英米のミステリ観と、ジャンルの受容にまつわる鋭い視座が浮かび上がる。
ミステリを論ずる切り口は、トリックやロジックの出来不出来だけではない。日影丈吉の『ミステリー食事学』(ちくま文庫)は、料理を題材にしたミステリ小説にまつわるエッセイ集。推理作家であり、レストランやホテルのコックにフランス語を教えた経歴もある著者が料理を絡めながらミステリを軽快に語るのを読むと、小説の読み方はもっと気軽で良いのだ、という気分になる。 [レビュアー]若林踏(書評家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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