目利き書店員が太鼓判…絶対読むべき2024年の歴史時代小説大賞が決定!
『万両役者の扇』蝉谷めぐ実
――デビュー作以来、芝居の世界を描き続けている蝉谷さん。今作も芸のためならどんなことにも手を染める江戸森田座の役者・今村扇五郎を中心に、彼の贔屓たちの視点で、役者とその崇拝者たちの狂気を活写した一作です。 蝉谷さんは、第11回『化け者心中』(KADOKAWA)以来2回目のノミネートとなります。 栗澤 江戸時代の演劇の世界を舞台に据えた作品ということで、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)を思い浮かべました。話の作りとしても共通点があるように思いました。芸の狂気は迫力がありますが、作中の「犬饅頭」という章で、登場人物である茂吉という男が狂気にはしる過程には、個人的に物足りなさを感じてしまいすっきりしなかった印象があります。 北川 この作品のおどろおどろしさに打ちのめされました。芝居に魅せられ、主人公である扇五郎に飲み込まれて人生を狂わされてしまった人々の話ですが、中でも特に、舞台で使用する血のために、本物の犬を殺して血を集める扇五郎と彼を支える女房お栄の狂気や、その描写に迫力を感じました。扇五郎の死の真相が語られるラストも読みどころではないでしょうか。 久田 これまでも『化け者心中』や『おんなの女房』(KADOKAWA)で江戸の芝居というニッチなところを書かれていて、江戸+芝居のジャンルといえば蝉谷さんと言ってもいいくらい活躍されてますよね。ですが、先の2作に比べると、今作はやや「江戸の芝居」の魅力が薄かった気がします。芝居や演じることを極めていく話よりも、狂気の話に重きがおかれてしまった。それによって読者を選ぶ作品になったのではという印象です。とはいえ、一世一代の最期の大芝居を打つラストの展開は、私も大好きです。
『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』吉森大祐
――2017年に小説現代長編新人賞を受賞されデビューされた吉森大祐さん。今作は、江戸後期、財政破綻状態の伊勢32万石の藤堂家で藩主から藩政改革を任せられた若き下級武士の茨木理兵衛が主人公。彼が行った改革と立ちはだかる現実の壁とは? 歴史の中に埋もれた知られざる偉人譚です。 吉森さんは初ノミネートです。 北川 主人公、茨木理兵衛の目から鼻へ抜けるような賢さも読みどころですが、なにより藩政改革のため、正論を推し進めていくのにそれが理解されずに多くの敵を作ってしまう彼のつらい生き様が胸に染みる小説でした。理兵衛は生まれてくる時代が早すぎたのでしょうね。彼のことを理解して支える妻と義兄の心の温かさは物語の中でとても救いとなっています。ゆるがない信念、意思の強さを本作から学びました。 栗澤 しっかりと組み立てられた物語でした。ただ史実をベースにしているだけにどうしても後半からラストにかけて、理兵衛が実行しようとしていた改革の動きを追うだけの物語になり、やや単調になった印象です。フィクションでもいいので別なキャラクターを用意して、物語に少し変化を出すような新たな試みがあったら物語により深みが増したのではと思いました。 久田 時代“経済”小説、時代“政治”小説と言ってもいいですね。理兵衛の推し進めていく改革は、良いも悪いも含めて現代社会でもお手本となるのではと思いました。改革とそれに対する抵抗を描いている点で、それこそ会社員の必読図書にするといいかもしれない。情よりも知に走っていく理兵衛という人物を書くためには、淡々と一歩引いた描写は効果的だったと思います。ですが、その反面、武士が主人公の時代小説の醍醐味である、血湧き肉躍る描写の楽しみは味わえなかったかもしれません。でも、政治家のみなさんにはぜひともお読みいただきたい(笑)。