「深い対話」ができる人が、「例えば?」という質問を多用するワケ
多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。 ● 「傾聴」とは何か? 「傾聴」をするうえで大切なことは、相手の心を動かした「エピソード(体験)」を聞き出して、その「エピソード」を追体験することです。 それはいわば、相手にとって重要な「ワンシーン」をスクリーンに映し出して、一緒にそれを鑑賞するようなものです。そして、相手の「エピソード」にハラハラしたり、ドキドキしたり、怒りを覚えたり、悲しくなったりと、自然と「感情」が湧き上がり、相手の「感情」と響きあう「共感」が生まれます。そのような状態になったときに初めて、「傾聴」ができているのであり、私たちは「深い対話」ができているという感覚を覚えるのです。 ● 多くの人は「エピソード」を語らない だから、私は、質の高い「傾聴」をするためには、「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」をかなり詳しく聞き出すことをおすすめしています。 ところが、相手から「エピソード」を聞き出すのは、実は簡単ではありません。というのは、「エピソードを教えてください」とお願いしても、ほとんどの人は「レポート(抽象的な要約)」で語ろうとしがちだからです。 特に、ビジネスパーソンのほとんどは、日常会話の大半は「レポート」です。「業務日報」「営業報告」「売上レポート」などはもちろん、報連相の際にも「結論から話せ」「手短に」などと求められるため、「レポート(抽象的な要約)」を話すように訓練されてしまっているのでしょう。「数秒から数分」の瞬間を、丁寧に映像化するエピソードを語ることにはまったく慣れていないのです。 そのため、「上司と一緒にいるとすごく不安になるんです。先週末の1on1の時も、上司の威圧感を前に押し黙っていたら、イライラしたような様子で、”黙っていてもわからない。どうして、先月のノルマを達成できなかったのか説明してよ”と詰め寄られて、体がこわばって、上司の顔も見れなくなっていまいました。そして、”これから自分はどうなるんだろう?”とものすごく不安になったんです」などと生々しい「エピソード」を語るのではなく、「上司と一緒にいるといつも不安なんです」といった「レポート」に終始しがちなのです。しかし、これでは、「感情」が響き合うような「深い話」はできません。 ● 「例えば?」という質問でエピソードを引き出す そこで、「傾聴」をする上で大切になるのが、相手が話す「レポート」を「エピソード」に転換していく技術です。 すでに述べたように、ビジネスパーソンを相手に、聴き手がエピソードを聴き出そうと質問をしても、何度もレポートに戻ってしまうのは、ある意味仕方がないことです。そんな時は、聴き手が辛抱強く、わざとらしくならないように、自然にレポートへ戻すことを繰り返すほかありません。 コツは相手を否定しないことです。レポートが返ってきてもサラリと受け流して、もう一度、「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」という話に戻すのです。例えば、こんな感じです。 聴き手「いちばん強く不安を感じたのはいつですか?」(エピソード) 話し手「いつとは言いづらいですね。いつも不安です」(レポート) 聴き手「いつもなんですね(サラリと受け流す)。その中でも、いちばん強く不安を感じたのはいつですか?」(エピソードに戻すための質問) 話し手「いつとは言いづらいですね。いつも不安です」(レポート) 聴き手「いつもなんですね。その中でもいちばん強く不安を感じたのは、例えば会議の場面とか、上司と面談している場面とか、集会でのスピーチの場面とか、でしょうか?」(エピソードに戻すための「例えば」を用いた質問) 話し手「上司との1on1の場面でしょうか」(レポートからエピソードに転換された) 聴き手「それは、具体的にいつのことでしょうか? 先週? 先月?」(エピソード) このように、聴き手がいくらエピソードの質問をしたとしても、話し手はレポートを語ろうとしがちです。その話し手を否定せずに、「例えば」という言葉を使いながら自然にエピソードに戻すことで、丁寧にエピソードを聞き出すことができれば、相手との深い共感が生まれるような「質の高い傾聴」がうまく進むようになるでしょう。 (この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです) 小倉 広(おぐら・ひろし) 企業研修講師、心理療法家(公認心理師) 大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。 また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。
小倉 広