「全てを棄てて駆け落ちしたから、頼れる場所はありません」…20歳上の姉さん女房に先立たれ、末期がんに侵された88歳男性が看取り医に明かした「最期を迎えたい場所」
孤立した高齢者の老後
茨城県つくば市で訪問診察を続ける『ホームオン・クリニック』院長・平野国美氏は、この地で20年間、「人生の最期は自宅で迎えたい」という様々な末期患者の終末医療を行ってきた。患者の願いに寄り添ったその姿は、大竹しのぶ主演でドラマ化もされている。 【マンガ】5200万円を相続した家族が青ざめた…税務署からの突然の“お知らせ” 6000人以上の患者とその家族に出会い、2700人以上の最期に立ち会った“看取りの医者”が、人生の最期を迎える人たちを取り巻く、令和のリアルをリポートする――。 ※ ※ ※ 私の新患となる大山勲さんは88歳。病院からの紹介状には膀胱癌と書かれていた。一軒家に一人で暮らしている。妻とは死別しており子供はいない。そしてキーパーソンもいない。つまり万が一のときに頼れる親類縁者がいない――。いわゆく孤立した高齢者である。 大山さんに限らず、パートナーを亡くした大半の日本人はこの範疇に入ってくる。親類がいたところで頼れるほどの付き合いはなく、子供がいたところでほいほい頼れるわけでもない。かつてあった地域のコミュニティもない。孤立した高齢者はもう珍しくはない。 呼鈴を鳴らすと下駄を履いた、中肉中背の男性が身軽に現れた。 「お世話になります。私が大山です。遠いところ申し訳ございません」 話し方はしっかりとしていた。見た目がかなり若い。白髪ではあるが毛髪量も多く、どうみても定年したばかりという感じだった。背筋を伸ばし力強い足取りで私を客間に招き入れる。しかし紹介状に書かれた膀胱がんは末期とある。 大山さんの体力は十分にあり、病院では手術をするという選択肢も残されていた。しかし彼は手術を拒否し、在宅医療を希望。そして病院で看取り医の私が紹介されたわけである。 「病院ではいきなり、こんな病名が付けられてしまい私も驚いています。でも痛みはないし、違和感といえば少し残尿感があるぐらいなんです。それなのに末期なんですね…」
スナップ写真の美しい女性
しばらく問診がてらの雑談を交わしていると、患者さんの背後に飾ってあるセピア色のスナップ写真に目がいった。かなり古い写真だが美しい女性が写っている。「その写真は奥様でしょうか？」と聞くと、「10年前に逝ってしまいました。老衰のようです」と答えてくれた。 大山さんはスナップ写真を愛しそうに眺めはじめた。気持ちはわかる。女優のような風貌だ。ずっと見ていたくなるほど美しい。 「おきれいな方ですね。お世辞抜きで女優さんみたいです」 「ありがとうございます。本当に綺麗だったんです。センバ小町と呼ばれたこともあるらしいです」 「センバ？それはどこですか？」 「大阪の船場です」 そういえば、茨城弁に少し関西弁が混じっている。 「お二人とも大阪の方？」 「いえ、私は岡山の田舎で津山です。彼女は先祖代々、船場と聞いております」 二人でスナップ写真を眺めた。本当に綺麗な方だった。ついつい私もぼーっとしていたのだが、「ん？ なんだか変だ」と気づいた。
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