「あなたのお話を聞かせてください――」見知らぬ森で本をつくっていく:編集者リレーエッセイ
人文書をつくる編集者が、担当した本や影響を受けた本など、人文書の魅力を綴るリレーエッセイの4回目です。中央公論新社の石川由美子さんがふと手にしたのは、現在90歳の民話採訪者・小野和子さんの本。 【写真】デザイナーやイラストレーターのお仕事に心からしびれた近年の担当本。
のんきにバトンを受け取り、いまさらヘンな汗をかいている。 とくだん専門分野もなく本をつくってきた。ひとの書いた原稿に無免許・無資格であーだこーだ感想なり修正なりを返す仕事に、よくゾッとしている。 この手がなにをしているか、いまだに分かっていない。苦しまぎれに近年編集したいくつかの本をみまわす。翻訳書、エッセイ、詩歌の本――雑食的に食いちらかした足あとがぼんやり浮かんでくる。 たぶん「人文書」に類する本は一冊もない。その判断すらおぼつかない。 以前、“文芸編集”と呼ばれる仕事を十年ほどやった。文学も、人間も、毛ほども分からぬまま、おもしろい作家、めずらしい体験に出くわした。あのまま歩いていけば崖から落ちたり、毒きのこを食べて笑い続けたりもできただろうが、ふと別の森を見たくなり、裸で飛び出した。 飛び出した先の森で、一体何をしているのだろう。 隙あらばエッセイ本に対談をもちこみ、対話構造をもつ海外作品を好んでいる。 〈ひとつの声〉に支配される状況を避けたいのか。 自分の手のひらを見ていても詮ないので、小野和子さん『あいたくて ききたくて 旅にでる』を焚き火に当たるように読み返した。いまにも消えゆく民話や人をたずね、山深い村々を歩いてゆかれた記録。御年九十歳の今年も、続篇『忘れられない日本人 民話を語る人たち』を刊行されている。主な編集人は清水チナツさんだ。 あんただちが、うんと真面目な顔で、おれの「ちんちんむかし」なんか、テープにとってや、あんまりいっしょうけんめいに聞くから、今度はおれのほうがたまげてや、それから、ついその気になって語り始めたのしゃ。 そうしたら、つぎつぎと思い出すもんだなや。 あんただちにだまされて、あれもこれも語っているうちに、おもしろいように話が出てきて、のべつに語ったのしゃね。 (小野和子『忘れられない日本人 民話を語る人たち』2024年 PUMPQUAKES)