なぜトランプは圧倒的な支持を得るのか? 背景にあった「IT革命」敗者の怒り
「トランプ現象」は欧米社会共通の問題
上記分析記事中の、穏健左派・中道左派を民主党、穏健右派・中道右派を共和党とそれぞれ読み替えれば、これはそのまま現在の米国社会にも見事に当てはまる分析ではないか。そうだとすれば、「トランプ現象」も近年欧州各国で台頭しつつある極右勢力と基本的に同根であることがわかる。 続いてはコーエン氏の記事に倣って、最近の米国社会の構造的変化を分析してみよう。 •第二次世界大戦後に優勢だった米国の民主党と共和党の支持基盤は徐々に風化し始めた。 •この傾向は冷戦後のグローバリゼーションや携帯電話の普及により加速され、より不平等で、分極化した、気難しい社会をつくり出した。 •米国内でも真理の定義は動揺し始め、議会や政党がより軽んじられるようになった。 •米国人にとって民主党中道系と共和党中道系の区別がつかなくなった。 •中道系は移民問題に対処できず、労働者階級の多くは反移民右派勢力に流れていった。 •問題の核心は、知識経済の住人と工業地帯や田舎に住む「忘れ去られた」人びととの対立だ。 •「トランプ現象」は、リベラルによる伝統的価値の破壊という保守からの批判が有効な限り続く。ということだ。これをさらに筆者の個人的経験に基づいて分析すると次のようになる。
トランプ氏が失脚しても、「トランプ現象」は続く
筆者が初めてパソコンを使ったのは1980年代末、当時は高価な機材ながら、シングルタスクしかできないOS(MS-DOS)を使っていた。その後、パソコン向け32 bit CPU の普及、動作周波数の向上、メインメモリの容量増加とパソコンの低価格化が進むなかで1995年にWindows 95が発売され、時代は一変した。その衝撃はいまでも忘れられない。 しかし、その後の一連のIT技術革命は米国社会を不可逆的に変えてしまった。それまでは、衰えたとはいえ、一定の競争力を保っていた米国の労働集約的製造業は大きな影響を受け、さらに衰退していった。こうした90 年代以降のハイテク情報通信革命の直撃を受けたのは、田舎や非都市圏に住む白人・男性・低学歴・ブルーカラー労働者・農民だった。 彼らは先端技術革命のスピードに追いついていけない。半導体の演算処理速度が等比級数的に向上するなか、彼らの生産性は等差級数的にしか増えないからだ。しかも、こうした技術革命を支え驚くほどの高給を取る若者の多くは、新参移民の1世、2世たちを中心とする非白人系プログラマーやエンジニアたちだから、彼我の経済格差は広がるばかりだ。 以上の分析が正しいとすれば、「トランプ現象」とは「90年代以降の技術革新に乗り遅れた、白人・男性・低学歴・ブルーカラー労働者・農民のエスタブリッシュメントに対する逆襲」とも定義できる。彼らの怒りはワシントンに象徴される既得権層や非白人社会に向かうので、仮にトランプ氏が失脚しても、「トランプ現象」は続くと見るべきである。
宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)