事件について「後悔」とも 周囲に溶け込み…愛称“うーやん” 「桐島聡」名乗る男の暮らしは
日テレNEWS NNN
50年近く逃亡してきた桐島聡容疑者。その桐島容疑者を名乗った男は「内田洋」という名前で暮らし、「うーやん」などと呼ばれていたということです。亡くなる直前、事件について「後悔している」と話していたことがわかりました。 ◇ 重要指名手配されている桐島聡容疑者を名乗った男。10年ほど前に撮影された1枚の写真では、メガネに口ひげ姿で、片手に「ジョッキ」を持っています。 “桐島”名乗った男を知る人 「内田だよ。『内田くん、内田くん』って呼んでたから」 「内田洋」の名前で生活。 “桐島”名乗った男を知る人 「俺なんかは『うーやん』(と呼んでいた)。出身は岡山で、実家は魚屋で、(兄弟が)5~6人、末っ子だって言ってた」 「うーやん」と呼ばれていたことが明らかになりました。 ◇ “桐島”を名乗った男は、末期の胃がんと診断され、神奈川・鎌倉市の病院で29日、死亡しました。 韓国産業経済研究所爆破事件に関与したとして指名手配された桐島容疑者。
50年ほど前の手配写真と約10年前に撮影された写真を比べると、髪は短く、少しふっくらとしているように見えます。 事件当時、大学生の桐島容疑者が住んでいたアパートの扉の前には、ビール瓶がずらりと並んでいました。男の行きつけの店でも… 飲食店店長 「ビール、ビールが一番好きだったと。いつもビールを飲んでたと思います。月に1度来るか来ないかぐらいな感じでしょうかね。普段は静かに飲んでますし、ちょっと酔いが回ってくると、リズミカルな音楽がかかったりすると、ちょっと踊ったりとか、盛り上がって『イェイ、イェイ』って言ったりとか」 酔いが回ると、陽気な一面を見せることもあったということです。 数十年前から神奈川・藤沢市の工務店で住み込みで働き、ほぼ毎日銭湯に通っていたといいます。 「内田洋」が通っていた銭湯の常連客(50代) 「結構ニコニコしている印象が多かった。仕事きょう、大変だったねとか、きょう、寒かった、暑かったみたいな」 ――逃亡していて隠しながらお風呂入っているとかは? 「内田洋」が通っていた銭湯の常連客(50代) 「全然そんなイメージじゃない。全く普通な感じ。(ニュースで顔見て)昨日もびっくりしてえっこの人が? と思って」 その“周囲に溶け込む生活ぶり”について、25年ほど前から付き合いのある常連のバーの店主に聞きました。 バーの店主 「この店では『うーやん』と呼ばれていた。酒乱で5杯以上飲むとスイッチが入って暴言を吐くこともあるので店では4杯までしか飲ませなかった。音楽と映画、ほかにも釣り、キャンプ、スキーなど多趣味」 ただ、写真は撮られたくない様子だったといいます。 バーの店主 「結婚したいと言っていて、20年くらい前、『告白したほうがいいかな』と相談された。相手は20歳下。半年ほどして『言えなかった』と」 先月、最後に会った時はがんで「もう会えないかもしれない」と言われたということです。男が最期、“桐島”を名乗り死亡したことについては… バーの店主 「全員が救われない出来事で怒りが大きい。桐島と内田は結びつかないが、最期に桐島と名乗り出るのはずるい」 捜査関係者によりますと、“桐島を名乗った男”は死亡前の警視庁の任意の聴取に対し「1人で逃亡していた。誰の支援も受けていない」と話していたといいます。 今も本人確認が進められていて、事件については「後悔している」と話していたということです。 (1月30日放送『news zero』より)