社説:戦後80年の岐路 平和主義の基盤を紡ぎ直せ
敗戦の焦土からの再出発に、中学教科書「あたらしい憲法のはなし」は問いかけた。 「二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか」 いまも「戦後」なのは80年にわたり戦火を交えず、戦没者を出さなかったからだ。 だが、昨夏の世論調査で「今後、戦争をする可能性がある」とした人が約半数に上った。再出発の憲法に誓った平和主義が危うい岐路に立たされている。基盤を紡ぎ直さねばならない。 中国の軍拡や北朝鮮の核開発など周辺情勢の不安定化を挙げ、政府はこの10年余りで安全保障政策を大きく変容させた。 安倍晋三政権は、歴代内閣が禁じてきた集団的自衛権の行使を憲法解釈の変更で認め、自衛隊の活動範囲を広げた。 岸田文雄政権では「防衛力の抜本的強化」を掲げて安保関連3文書を改定。他国への反撃能力(敵基地攻撃能力)保有や防衛費「倍増」に踏み出した。 禁じていた武器輸出も「防衛装備移転」と称して解禁し、殺傷兵器である次期戦闘機の第三国輸出にも道を開いた。 憲法9条に基づく「専守防衛」を空洞化し、踏み越えようとする大転換だ。米軍と自衛隊の指揮統合も進み、戦争に巻き込まれるばかりか戦端を開き、軍拡と紛争を助長しかねない。 それを国民的な議論もなく、与党合意と閣議決定で押し付けた「自民党1強」政治だった。 矢面に立たされるのが沖縄・南西諸島である。台湾有事を念頭に3島に陸自駐屯地を開設。沖縄本島に敵基地攻撃用ミサイルを配備方針で、相手の攻撃対象となる危険が隣り合わせだ。 米軍の辺野古新基地建設や相次ぐ米兵犯罪と併せ、県民の負担と反感が増している。真摯(しんし)な対話を重ねなければ防衛基盤を揺るがしかねない。「物の言えない」同盟でなく、米側に特権を与える日米地位協定の改定にも毅然(きぜん)と動くべきだ。 装備強化の一方、扱う自衛官の定員割れは約2万人に及び、「倍増」財源のうち所得税増税の先送りも続く。武力に偏重せず、掲げ続ける平和主義の外交力と、実効性を伴う必要最小限の防衛力を組み合わせた現実的な安全保障策が求められる。 一方、遠のく戦争の体験と記憶をどう引き継ぐかが課題だ。昨年のノーベル平和賞も被爆証言が広げた「核タブー」の果たす抑止力に光を当てた。 戦中世代の高齢化が進み、遺族活動や慰霊碑管理も難しくなるなど「体験者なき戦後」が迫る。 舞鶴引揚記念館(舞鶴市)は抑留体験者の語り部がいなくなり、証言映像などをデータベース化し、来館者に対話システムで伝え始めている。これまでの証言や遺品の収集・活用とともに、子や孫が次の世代へ語り継ぐ環境を整えたい。