金融緩和という壮大な社会実験を経たビットコインの未来とは──慶應義塾大学 坂井豊貴教授【2024年始特集】
RWA、Tシャツからスーツへ
──前回インタビューに出ていただいた後、ビットコインは2021年はバブル、2022年に崩壊して、2023年はネガティブな雰囲気でスタートしながらも、徐々に根強い回復を見せてきました。そういう状況をどんなふうにご覧になっていましたか。 坂井:ビットコインは2022年秋にFTX事件で暴落し、2023年の正月頃は230万円を切っていて、「さすがにこれは安すぎる」と思いました。個人投資家にとって「冬」は、そう悪い時期ではありません。機関投資家のように他人様のお金を運用しているわけではないので、「これはバーゲンセール」と信じられるなら自己責任で買えばいい。「尻尾はくれてやる」ことが大事で、尻尾の230万円で買えた人はそういないでしょうけど、300万円や400万円で買えていれば十分ハッピーでしょう。 ──この一年でビットコインは大きく上がり、円は下がりました。 坂井:つくづく思うのですが、「利確」って何なのでしょうね。価格が上がったビットコインを円に換えれば「利確」というわけではありません。この1年で円はずいぶん下がったわけだから。米ドルにすることが「利確」だとも思えない。物価は上がって、米ドルの実質価値は下がったわけだから。 ──ビットコインのマキシマリストには「ビットコインこそが利確。出口。イグジット」と言い切る人もいます。 坂井:その意味は分かるのですが、そこまで言い切るには私は信仰が足りません。日本円だろうがビットコインだろうが、結局お金は人の幸せに換えないと「利確」にならないのではないでしょうか。幸せそのものは売ってないので、売っているものだと不動産、しかも投資用ではなくて居住用を買うことは、わりと利確に近いのかなと思っています。不動産でなくてもよいのですが、楽しい暮らしとか、快適な生活の基盤に換えることが真の利確だと思います。 ──その意味では、今、不動産を裏付けにしたセキュリティ・トークン(デジタル資産)市場が成長しています。不動産を対象にしたことが、日本人にとって受け入れやすかったのでしょうか。 坂井:むしろ現実世界の資産、いわゆるReal Word Asset(RWA)を裏付けにしようとしたときに、不動産以外は難しいのだと思います。何か新しい価値を裏付け資産にするとしたら、新しい事業を作らねばなりません。それと比べると、すでに存在する不動産をトークンに紐付けることは比較的容易です。 ──新しい事業を作って、その価値をトークンと紐づけるようなWeb3事業とはどのようなものでしょうか。 坂井:今、私は「ONGAESHI」というWeb3プロジェクトにコミットしています。教育と採用のプロジェクトです。大まかにいうと、投資家が教育サービスの受講権NFTを購入し、それを受講したい人に貸し出します。そのNFTを使って学んだ受講者がこの仕組みの中で就職した場合、就職先の企業がプロジェクトに対して手数料を支払い、その一部が投資家のリターンになります。このサイクルが上手くまわると、受講者は負担なしで教育を受けられ、企業は優秀な人材を確保でき、投資家はリターンを得られます。この受講券NFTはRWAの一種ですが、教育と採用の新事業を作れないとプロジェクトは成立しません。 ──ONGAESHIでは事業はどこが作っているのですか。 坂井:Institution for a Global Societyという企業です。教育や採用の実業で、高い実績があります。2010年に福原正大さんが創業した若い会社ですが、すでに東証グロースに上場しており、いわゆるスタートアップ企業ではありません。私はRWAは、スタートアップ企業にはハードルが高い領域だと考えています。トークンの裏付けとなる実物をもってきたり、実業を作ったりするのが非常に難しい。 ──最近、銀行や商社等の大企業がweb3領域に参入してきています。 坂井:最近ブロックチェーン界隈に、Tシャツよりもスーツ姿の人が増えたように思いますが、そうした背景があるのでしょう。不動産のような実物や実業の裏付けを持たないトークンは、価格の維持が大変です。ビットコインは実物や実業の裏付けをもたない貨幣ですが、価格が基本的に右肩上がりなのはあれが特別な「スーパーブランド」だから。犬コインや「電子ゴミ」みたいなトークンも私は好きですが、それらはビットコインのようにはなれない。