大竹しのぶが、10年ぶりに取り組む林芙美子──こまつ座『太鼓たたいて笛ふいて』稽古場レポート
こまつ座が、林芙美子の半生を描いた音楽評伝劇『太鼓たたいて笛ふいて』を上演する。2002年の初演より大竹しのぶが芙美子を演じ、第10回読売演劇大賞最優秀作品賞、最優秀女優賞などを受賞。その後2004年、2008年、2014年と再演を重ねてきた人気作だけに、その10年ぶりの上演に歓喜するファンも多い。11月1日(金) の初日を約2週間後に控えた稽古場を取材した。 【全ての写真】こまつ座『太鼓たたいて笛ふいて』稽古の様子 井上ひさし(1934~2010)が本作で描いたヒロインは、既に『放浪記』のヒットで人気作家として知られていた林芙美子。描かれるのは昭和10年から昭和26年、最初の場面での彼女は32歳だ。その後従軍記者として南京、漢口へと赴き、南方へも取材した芙美子だが、戦後は反戦への思いを綴り続け、47年という短い人生を駆け抜ける──。この日の稽古場は、第1幕の通し稽古。初演より本作の演出を手掛けてきた栗山民也のもと、ヒロイン役の大竹しのぶと5人の新キャストたちが、井上の思いを受け継ぎつつ、新たな感性で舞台づくりに取り組んでいた。 幕開けは、こまつ座音楽劇でお馴染みのピアニスト、朴勝哲による序曲。ちょっとしっとり、同時にザワザワもする調べに続いて、6人の俳優たちによる登場人物紹介の歌「ドン!」(原曲はリチャード・ロジャース)が、その場を物語の世界へと一気に引き込む。井上ひさしの音楽劇ならではの“はじまりはじまり!”。まだ幕は開いたばかりなのに、演じ手の個性がそれぞれに爆発、センターに立つ大竹の、ヒロインらしいキラキラした存在感とごちゃ混ぜになりながら、力強く迫ってくる。 続く場面は東京、下落合の芙美子の自宅の茶の間。芙美子に『放浪記』を題材とした流行歌の歌詞を書いてほしいと依頼したが、なかなか書いてもらえずにいるレコード会社の三木孝と、彼が来るたびに出前を取ったと嫌味を言う芙美子の母、キクとのやりとりが、早くも可笑しい。三木を演じる福井晶一はこまつ座初登場。その揺るぎない歌唱力と存在感で、どこか胡散臭いキーパーソンを魅力たっぷりに演じていく。キク役の高田聖子もこまつ座初登場、劇団☆新感線で演じる悪役や姉御肌のキャラクターとはうって変わっての老け役だが、背中を丸め、腰も曲げながらも溌剌と、表情豊かに、パンチのきいた台詞を放つ姿がとてもチャーミング。 そこに原稿を──といっても、三木の依頼とは別の原稿を書き上げた芙美子が登場。「歌詞のほうは?」と恐る恐る催促する三木に、「むずかしいことはあとまわし」と言ってのけたり、『放浪記』に出てくる詩をつぶやくキクに「いつのまに字が読めるようになったのよ」と返したり、そんなごく短いやりとりの中で、自由奔放かつ闊達、テンション高く勇ましく前進する人気作家、林芙美子という人物が、グンと立体的に飛び出してくる。 外に出た芙美子の留守中に、今度はキクを「お師匠さん」と呼ぶ二人組の若者が登場。近藤公園演じる土沢時男と、土屋佑壱演じる加賀四郎は、尾道にいた頃のキクの行商人仲間だ。この3人が、「行商隊の歌」(作曲:宇野誠一郎)で行商人のたくましい暮らしぶりを生き生きと、またユーモアたっぷりに歌い上げ、笑いを誘う。高田、近藤、土屋がこの勢いで行商にきたら、確実に買ってしまう。 その後も、物語の進行とともに心に響く歌が次々と登場。結局、自らの手で『放浪記』をもとに歌詞を書き上げた三木が歌う『女給の歌』では、数々のミュージカルの舞台でキャリアを重ねてきた福井の、その豊かに響く声にしばし心を奪われる。「Once upon a Dream」──チャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」の夢見るようなワルツの旋律に、『放浪記』のエピソードをぎゅっと詰め込んだ楽しげな歌詞。客席のハートをがっちり掴むに違いない。三木はその後日本放送協会の音楽部員となり、さらには内閣情報局へと出向。作家として先行きが見えずにいる芙美子に、「いくさはもうかるという物語」とそそのかし、従軍記者の道へと向かわせる──。 庭先から林家にやってきた島崎こま子も、その後のヒロインの人生に深く関わる人物だ。島崎藤村が姪との禁断の恋を描いた『新生』のモデルであり、実の叔父、藤村との子までなしたという女性を演じるのは、天野はな。可憐な容姿と力強い語り口で、男にすがることなく生きようと地下活動家となり、貧民託児園“ひとりじゃない園”のために奔走する女性の姿を、真摯に、また愛らしく表現していく。 第1幕を通した後、俳優たちを前に栗山は、多岐にわたって──台詞の言い回し、リズム、アクセントにタイミング、さらにはピアノの音色に至るまで、事細かに指示を与えていく。場の雰囲気はとても和やか、時折俳優たちから大きな笑い声! 芙美子を演じるのはこれが5度目となる大竹も、新たなキャストたちとともに、この物語にあらためて向き合い直している様子。第2幕に入ると、前半で次々登場した楽しげな歌の場面は影を潜め、より重々しい空気が濃厚になる。ふと頭によぎるのは、芙美子の大きな見せ場となる、「滅びるにはこの日本、あまりにもすばらしすぎる」(宇野誠一郎作曲)。いまの大竹は、これをどんなふうに表現してみせるのだろう。劇場でしっかりと体感したい。 戦中戦後の日本人の姿にリアルに迫るこの井上作品を、次の世代に受け継いでいくという重い責任を果たさんと、心を尽くして新たな演じ手たちと向き合う栗山。林芙美子の活躍をリアルに知らない世代の私たち、さらに若い世代の観客をも魅了し、戦争のこと、物語のこと、力強く生きるということについて、いまいちど深く考えさせてくれる舞台となる。 取材・文:加藤智子 <公演情報> こまつ座第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』 作:井上ひさし 演出:栗山民也 出演: 大竹しのぶ 高田聖子 近藤公園 土屋佑壱 天野はな 福井晶一 朴勝哲 【東京公演】 2024年11月1日(金)~11月30日(土) 会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 【大阪公演】 2024年12月4日(水)~12月8日(日) 会場:新歌舞伎座 【福岡公演】 2024年12月14日(土)・15日(日) 会場:キャナルシティ劇場 【愛知(名古屋)公演】 12月21日(土)・22日(日) 会場:ウインクあいち 【山形公演】 12月25日(水) 会場:やまぎん県民ホール